ナルシストの世迷言 その1

2000年10月8日

なかなか新規に何かを書く気が起きないので、少々趣向を変えようと思います。

私は1997年4月以降に読んだファンタジーについて、 1冊1冊短い感想みたいなものを書いています。 が、それらを読み返して見ると、自分でも笑ってしまえるものが多いのです。
実はデルフィニア戦記読破日記もその一部だったのですが、 あれが結構好評だった(と思います...多分)ので、 悪のりして他の作品の分も載せてしまおうと思います。

今回は1997年〜98年に書いたものの中から「をぃをぃ、それはヤバイよ」 「何を偉そうな事を書いてるの?」「これでは言いたい事が伝わらないぞ」 という様なものを抜き出してきました。
どうぞ、笑ってやってください。(汗)

1997年5月3日
前田珠子「陽影の舞姫3」(集英社コバルト文庫)の感想より
いつも思うんですけど、憎悪とか執念の類に関しては少女小説の右に出るものはないでしょうねぇ。
1997年5月11日
中村うさぎ「極道くん漫遊記3」(角川スニーカー文庫)の感想より
ファンタジーなんて所詮空想の産物なんだから、 オリジナリティがあれば全てウソっぱちでもいいんじゃないかと思ってます。
1997年6月28日
秋田禎信「魔術士オーフェンはぐれ旅 我が神に弓ひけ背約者 上」(富士見ファンタジア文庫)の感想より
「自分」を持ってるんだよね。
それが立派な人格かどうかは問題じゃなくて、 物語の流れと関係なく自分で考えているところがすごいんだよ。
1997年10月4日
小林めぐみ「電脳羊倶楽部」(角川スニーカー文庫) の感想より
現実というものは、個人の能力や創造性を追い越してどんどん暴走していってしまうんですね。(^^;
夢魔や雷精が本当にいたとしても、現代社会は「ああ、そうなの」と言って受け入れてしまいそうですし、 この作品自体もネットの本当の怖さにあっという間に飲み込まれてしまうでしょうね。
1997年10月26日
庄司卓「それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコopt.5 紅のチャレンジャー」(富士見ファンタジア文庫)の感想より
誰もが、自分に与えられた環境の中で勝負し、自分で環境を変えていくしかないんですよ。
1997年11月22日
前田珠子「破妖の剣4 紫紺の糸 後」(集英社コバルト文庫)の感想より
当たり前の事が当たり前にできない不器用な主人公。 でもそこに着目したところにこの作品の価値があるのではないでしょうか。
1998年1月11日
黒田洋介「魔法少女プリティサミー 秋葉原闘争編 上」(富士見ファンタジア文庫)の感想より
はっきり言って、この本が理解出来ない人は現代の日本に生まれた意味がない。
1998年4月25日
上遠野浩平「ブギーポップは笑わない」(電撃文庫)の感想より
本当は人間ってこうであっちゃいけないのかも知れないけれど。 でも、それをさらりと書いてくれて、嬉しいです。甘えとも言えなくはないんだけどね。
病んでるよ。でも病んでるんだということを言えるようになった、 分かってくれる人がようやく増えてきたから、こういう本が売れるようになったんだろうね。
1998年4月27日
若木未生「グラスハート3 ムーン・シャイン」(集英社コバルト文庫)の感想より
世の中の読み物を2つに分類するならば、 「グラスハート」と「グラスハート以外」だと言っても言い過ぎじゃない
1998年5月8日
前田珠子「魅魎暗躍譚 月読見の乙女 中」(集英社スーパーファンタジー文庫)の感想より
内心何を思っていようと、結局人間って外聞で判断されるものです。 でも、明るい人っていうのは悩みがないんじゃなくって、 悩みがあっても明るく振る舞える人なんだって、これを読むとよーく分かる。
#いや、中には単純に悩みがない人もいるから気を付けた方がいいんだけどさ。(^^;
1998年7月2日
長谷川菜穂子「天地無用!魎皇鬼 天地様、ご乱心!?(上)」(富士見ファンタジア文庫)の感想より
思うに、メディアミックス作品の課題というものは、いかに強烈なキャラクターを作るかと、 いかにお約束パターンを研究してアレンジを加えるか、にあるんではないでしょうか。 それが良い事か悪い事かはともかく
1998年7月31日
秋田禎信「魔術士オーフェン無謀編6 自分がイヤにならねえか?」(富士見ファンタジア文庫)の感想より
彼の使命に関しては、多くのキャラが翻弄されて行く訳ですが、 独特の孤高さというか哀愁かな?そんなものが滲み出てきます。 そんなことを考えさせてしまうのも、謎が多いからではなく、 彼は本当はとても良い人だったからじゃないか?なんてね...幻想を抱いてしまうのですよ。
1998年8月27日
長谷川菜穂子「天地無用!魎皇鬼 サルでもできる世界征服」(富士見ファンタジア文庫)の感想より
結局人生って考え方次第なんだってことですね。
思い通り行かなくても、自分の手でやってみる事が大切なんです、きっと。
それを、シリアスではなく、ギャグの中で伝えられるって素敵じゃない?
1998年12月13日
上遠野浩平「ブキーポップ・イン・ザ・ミラー パンドラ」(電撃文庫)の感想より
「言葉を越えて伝わるもの」がある様に感じます。 これはとても説明しにくいのですが、人間の深層心理にはどうしても言葉で説明できない領域があって、 その領域に踏み込むためには、とにかく言葉で説明できる領域を全て書き尽くすことしかない、 書き尽くしてやろう!と言う様なものです。 思い付く精一杯の言葉で説明してみても、どうしても説明できないもの。 それこそが人間の本質なのではないか? それこそがパンドラの箱に残された最後の一片なのではないか?な〜んてね。(^^;

という訳で、今回はここまでです。続きはまたの機会に。(って続ける気かよ、をぃ)
ちなみにこれらの完全版は ぎをらむのファンタジー読了記 にありますので、 よろしければそちらもご覧くださいませ。(笑)

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