『フロリカ』−失われた時の鎖−

2001年6月19日

1998年に発表された上遠野浩平さんの「ブギ―ポップは笑わない」というと、 少年向けライトファンタジー界に新風を吹きこんだ作品として取り上げられることが多いと思います。
実際、私も「ブギーポップは笑わない」はとても印象的な作品だと思っています。
少女向けファンタジーばりの深く切ない心理描写。 時間軸を織り交ぜて編まれた構成。 幾度にも切り換えられる視点。 他にもまぁ見るべきところは沢山あります。

けれども、何か世間一般に、 この作品の斬新さを持ち上げ過ぎている節があるように感じるのは私だけでしょうか?
例えば、心理描写ならば(少女向けという、多少異なるジャンルではありますが) 小野不由美さんの「十二国記」や茅田砂胡さんの「デルフィニア戦記」の方が、 数年も前に「ブギーポップは笑わない」のレベルに到達していました。
視点の切り換えにしても庄司卓さんの「それゆけ!宇宙船艦ヤマモト・ヨーコ」 で既に変則的に取り入れられていました。
時間軸の交差にしても、SF作品等を調べればきっと過去に同じ様なものが見つかるのではないかと思います。

さすがに時間軸の交差と視点の切り換えを両方取り入れた作品は少なかったでしょう。 けれども無い訳ではないのですよ。 しかも少女向けとはいえ、れっきとしたライトファンタジーでそういう作品があったのです。 少なくとも私は1作品知っています。

それは藤原京(たかし)さんが1995年に発表された「フロリカ−時の鎖−」です。

藤原京さんは集英社の新人賞で1993年にデビューされた方で、実は「フロリカ」以外でも、 「邪眼」という「ブギーポップ」と雰囲気の似たシリーズを出されていたり、 ファンタジーとミステリーの融合を試みられたりと、 上遠野浩平さんと作風の近い作家さんです。
残念なことに、上遠野浩平さんがデビューされた直後から 藤原京さんの作品はぱったりと途絶えてしまい、 お二人の作品が比較されることはあまりありません。 (まさか、同一人物でペンネームを変えられたのではないですよね?(笑))

さて、では「フロリカ」とはどんな作品なのか、あらすじを書いてみます。
ここに来られる方は、「フロリカ」を既に読まれているか、 あるいは一生読まれることはないか、のどちらかだと思いますので(笑)、 ネタバレを承知の上で書いてしまいますね。

物語は、転生を繰り返しながら弟のミルチャを守っていくフロリカを、 淡々と切なく描いて行きます。

視点 内容
プロローグ 公女
フロリカ
1456年夏、ルテニア公女フロリカは、 弟ミルチャの身代わりとなり、貴族達の前で毒を盛られた酒盃を飲んで死ぬ。
第1章 黒猫の
フロリカ
城下で生まれた黒猫フロリカは、 ミルチャに可愛がられるが、 1460年春、ミルチャが貴族達との宴席で食べようとした毒入りのチーズを食べて死ぬ。
第2章 鷹の
フロリカ
鷹のフロリカは人に捕獲された後、ミルチャに飼われるが、 1462年夏、陣中でミルチャを狙撃した矢に当たって死ぬ。
第3章 侍女
フロリカ
農家に生まれた少女フロリカは公女の侍女となり、 公女の死後はミルチャに仕える騎士を目指す。 1460年春、黒猫がミルチャのチーズを食べて死ぬのを目撃した直後、騎士となる。
第4章 騎士
フロリカ
自分が公女の生まれ換わりであると覚醒した騎士フロリカは、 1462年夏、ミルチャ暗殺計画を見抜くが、ミルチャのもとに駆けつけた時には計画は実行に移されていた。 しかし鷹がミルチャの身代わりとなって矢を受け、ミルチャは無事だった。 事件後騎士フロリカは、集めた貴族達の前で56年、60年、62年の暗殺犯を推理し、告発する。
同年夏、竜探索において騎士フロリカはミルチャをかばって竜に殺される。
第5章 竜の
フロリカ
湖の底で眠りについていた竜のフロリカは、自分を退治しにやってきた騎士フロリカを殺し、 ミルチャに襲い掛かる。

本当はもっと沢山の登場人物が絡んでくるお話なのですが、 ここではあくまで「ブギーポップは笑わない」と比較するために、 時間軸の交差と視点の切り換えに関わる部分だけをあらすじとしました。
時間軸の交差についてビジュアル的に示すと下のようになります。 ストーリー上の時間は左から右に流れ、それに対し読者は上から下に読み進めると考えてください。

「フロリカ」の章構成
プロローグ
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章

「フロリカ」はファンタジー作品でありながら、一応ミステリー仕立てで書かれています。 (でもそのことに読者が気付くのが第4章になってからだというのが、この作品の最大の難点かも・・・)
プロローグ、第1章、第2章では、視点が切り換わりながら1件ずつ、計3件の事件が起きます。 次の第3章では視点の切り換えとともに、時間がプロローグの前までさかのぼり、 プロローグ、第1章の事件を違う角度から読むことになります。
第4章は第3章の続きで、第2章の事件が起きた後に騎士フロリカが謎解きを行います。 ここがクライマックスですね。 そしてハッピーエンドに終わると思いきや、第4章の最後で大どんでん返し。 第5章でどんでん返しを別の視点から見て物語を締めています。

次に「ブギーポップは笑わない」はどうなっているのか見てみましょう。
ここに来られているほとんどの方が、恐らく既に読まれたことがあると思いますので(笑)、 あらすじは省略して、各章の構成から書きます。
()内は視点の持ち主となる登場人物です。

「ブギーポップは笑わない」の章構成
第1章(竹田)
第2章(末真)
第3章(早乙女)
第4章(木村) 第4章
第5章(新刻)

恐らく、何の心の準備もなしにいきなりこの構成を読んだら、ど肝を抜かれるでしょう。(笑)
すごいですよこれは。 最大4つの視点で同じ時間が描写され、しかも各章が終わるごとに時間を遡ってしまうのです。 これと比べたら「フロリカ」の時間軸の交差などかわいいものです。

そして、「ブギーポップは笑わない」の章構成だけを見たならば、 「一体どうやったらこんな構成を思いつくのだろう?」と思うはずです。

しかしながら、「フロリカ」と「ブギーポップは笑わない」の章構成を見比べていると、 「おや?」と思うところが出てきませんか?
「フロリカ」は第3章、第4章の2つで全体の時間軸を貫いていて、 これらが構成のバックボーンになっていることが分かりますよね。 恐らく藤原京さんは最初に第3章、第4章の大枠を構想した上で、 後からプロローグと第1章、第2章、第5章をくっつけたのだと思います。

次に「ブギーポップは笑わない」でも構成のバックボーンを探してみましょう。
「ブギーポップは笑わない」は「フロリカ」と違い、各章がそれぞれある程度完結した物語になっています。 そのために各章に流れている時間は「フロリカ」のそれに比べて長いものになっているように見えます。
では、逆に一番時間軸の短い第5章はどうでしょうか?
改めて第5章を読んでみると、 なんだかクライマックスであるこの章は 第1章や第2章と違って他の章からの独立度が低いような気がしませんか? しかも第5章の始まり方は唐突で、他の何かのエピソードからの続き物のように感じられます。

では第5章は他のどの章の続きなのかを考えて見ますと、 時間軸が第5章の直前で終わっている第3章が怪しいことが分かります。
試しに第4章を飛ばして第3章と第5章を続けて読んでみると、あまり違和感なく繋がります。

ということは、「ブギーポップは笑わない」の構成のバックボーンは第3章と第5章であり、 第4章はあとからバックボーンをぶった切るように配置されたものとは考えられないでしょうか?
上の章構成には載せていませんが、 巻頭の「イントロダクション」が第3章の早乙女と第5章の新刻の視点で描かれているのも、 この仮説を補強する材料になりそうです。

こうして考えてくると、「ブギーポップは笑わない」は、「フロリカ」よりも捻ってあるものの、
・まず第1章、第2章で読者の作品世界への興味を引いた上で、
・一旦時間軸をさかのぼり、
・第3章、第5章(「フロリカ」では第4章)のバックボーンに引きずり込む
という共通する構成を採っているようではありませんか?

と、まぁこんな具合に、いろいろ考えられる訳です。
以上の仮説は私の思いつきによるもので、 はっきり言って、探せばかなりボロが見つかるのではないかと思います。
けれども私の言いたいことはそんなことではなくて、 『「ブギーポップは笑わない」は確かに色々な面で斬新な作品ですが、 決して従来までのライトファンタジーの流れから超越した作品ではない』 ということです。

いきなり「ブギーポップは笑わない」を読んでしまったなら面食らってしまうかも知れませんが、 事前に「フロリカ」を読んでいたならば、その衝撃は確実に和らいでいたはずです。 そして「フロリカ」は「ブギーポップは笑わない」よりも3年前に発表された作品であり、 「ブギーポップは笑わない」と比べて単純ながらも、 章ごとの視点の切り換えや時間軸の交差を採り入れる土壌が、 既にその頃のライトファンタジーには存在していたことを示しています。

残念ながら「フロリカ」は悲しいほどに売れず、 ほとんど話題に登ることのない「ミッシングリンク」的な存在となってしまいました。 どんなジャンルでもこういうことは珍しくないのでしょうが、 「時の鎖」という副題のついたこの作品にとっては実に皮肉な結果です。
それでも、藤原京さんは「人生なんてそんなもんなんだよ」と笑っているのかもしれませんね。(笑)

藤原京さんと上遠野浩平さん。 作風の良く似た2人の作家さんの埋没と成功の分かれ目は一体何だったのでしょう。
藤原京さんが「人生なんてどうにもならないんだよ」とクールに徹したの対し、 上遠野浩平さんは「人生って素晴らしいよな。いや、マジで言うと照れるけど」 と可愛い面を見せたから、とか考えたりして。(何だそれは)
いや、やはり出版社が積極的に売りに出たかどうかが一番大きかったのでしょう。

貴方も貴方だけの、人気作、話題作の影に埋もれてしまった 「ミッシングリンク」を探してみてはいかがでしょうか。
なお、「ヲタク!」と声を掛けられるようになっても責任は負いかねますので、 あらかじめご了承願います。 (ちなみに私はヲタクじゃない!信じてくれよ刑事さん。本当なんだよ!)

では、今回はこのあたりで失礼いたします。お粗末さまでした。

2冊別々に読むと両方とも分かりにくいですが、
2冊続けて読むと両方ともよく分かります。(笑)
タイトル 作者/
イラストレーター
文庫 初版年月 ISBN
フロリカ
−時の鎖−
藤原京/
久野蒼
集英社スーパー
ファンタジー文庫
1995.01 4-08-613165-X
ブギーポップは
笑わない
上遠野浩平/
緒方剛志
電撃文庫 1998.02 4-07-308040-7

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