キャサリン・ウィンスロウの挑戦

文:れたっぴょさん/イラスト:ぎをらむ

 

   ヒュンッ!

空気を裂く鋭い音と共に黒い鞭がしなり、一振りごとに男たちがまとめて倒されていく。
あっという間に半数以上が倒され戦闘不能となり、慌てた男たちが倒れた仲間を担いで逃げ去っていった。
「大丈夫? もう、怖い連中はいないからね」
鞭を振るっていたその人は、手にした武器と同じようにしなやかで――――そして、戦いとは無縁に見える程、艶やかな青年だった。
縦横に振るっていた鞭を手早く巻き取り、腰に留め付けながら青年が振り返る。背後に庇っていた少女を見つめ、やさしく微笑んでやわらかな声音で気遣う。
「あ・・・・」

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顎で切りそろえた、細く淡い金糸の髪。先ほどまでの恐怖で潤んだ、大きな碧い瞳。青ざめた白い肌は陶器のようだ。顔立ちもそれに相応しく、いや、それ以上に整って愛らしい少女が恐怖に全身を強張らせていた。
その少女は青年に見つめられ、血の気の引いた頬に生気をよみがえらせた。青磁のようだった肌が、薔薇色の大理石へと鮮やかに変化する。
――たった今、あんなことがあったばかりなのに。
そう思うと恥ずかしくて、自分がはしたない女のように思えて、少女は顔を伏せた。目の前で間近に見た青年の姿を思うと、ますます顔を上げられない。
「あの・・・・あの、危ないところを・・・・」
少女はそれでも、礼を言わなくては、と懸命になって顔を上げた。
「怖かったでしょう。無理はしなくていいから」

青年の微笑を間近に見て、少女はまたうつむいてしまった。男たちに襲われた恐怖もどこへやら、高鳴る胸を抑えることが出来ない。
抜けるように白い肌、少し線の細い整った顔立ち。薄くて形のよい唇は、紅を刷いたように紅い。
「どこかに怪我でも・・・・?」
青年が肩でそろえた濃褐色の髪を、ふわりと・・・・・・・・・・・

 

 

 

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「・・・・ま。お嬢様。お・じょ・う・さ・まっっ!!」
「ぅきゃうっ!?」
キャサリンは頭の真上から降ってきたニーナの声に飛び上がった。慌ててノートを隠そうとする。
が、慌てすぎて失敗して、積み上げた教科書ごとばさばさと机から落としてしまった。
「お嬢様? 宿題をなさるということで、お部屋におこもりあそばしたのでは・・・・?」
床に散らばった教科書の中から件のノートを見つけ、ぱらぱらと中を見ながらニーナがドスを効かせる。
あの大騒ぎからこっち、ニーナが妙に強くなってしまってキャサリンとしてはやりにくいことこの上ない。
「あ、あら。おほほほほほ。何の事ですかしら〜」
「お嬢様ッ! ただでさえ欠席がかさんで先生方の印象も悪いというのに、こんなことにウツツを抜かしてどうするんですっ!!」
「大丈夫ですわよ。学校の勉強もちゃんとしてますもの。大体、目を付けられるのなんて今に始まったことじゃ・・・・ぁ」
「お〜じょ〜お〜さ〜ま〜〜〜?」
「いやだわニーナっ! そんな怖い顔してたらシワになりますわよv」
ぷつり、と模範的侍女の理性の網が綻びた音がした。
「わたしはまだまだそんなトシじゃありませんっっ!!」
とにかく! と、ニーナが腰に手を当てて宣言する。
「このノートは預からせていただきます。あまり目に余るようなら、旦那様にも見ていただきますからね」
「え? えぇ!? そんなぁ〜」
「立派なレディになるために、しっかりとお勉強なさって下さいませ」
こめかみに青筋を立てながらもにっこりとニーナは言い放ち、びっちりと『おとめちっく』な戯言が書き綴られたノートを持ち去った。
それを見送りながら、キャサリンが深いため息をひとつ。
「でもまあ、見つかったのがアレでよかったですわ。こっちだったらどうなっていたことですかしら。さすがのわたくしも、ちょっと想像したくありませんわね」

 

「アレはマリアンヌのリクエストでしたけど、楽しみにしてる方は少なかったですし」
ぶつぶつと独り言を言いながら、キャサリンはノートの束を秘密の隠し場所から引っ張り出した。
「彼女には事情を説明して待っていただいて、先にジョゼのを片付けさせていただきましょうかしら」
ぱらぱらとノートをめくる。びっちりと何やら綴られているのは、先ほど没収されたものと同じに見える。
が、こちらはさらに異様な気配である。余白にキャサリンのものではない文字で、細かく書きこみがなされているのだ。
「やっぱり、楽しみにされてる方が多いほうがやり甲斐がありますもの。えっと、今度のリクエストのイメージは《虎》のランスーリンさんと・・・・どなたが合いますかしら。やっぱりフランツですわよねぇ。こないだ、ベラさんにはご登場いただきましたし。マリアンヌのにも出てらっしゃいますし」
穏やかならぬ独り言を続けた後、ぽんと両手を打ち合わせ、そのまま軽く頭を下げる。
――ちょっと心が痛みますけどフランツ。『右側』でがんばっていただきますわねv
さらに穏やかならぬ、お嬢様の心の呟き。

よっし!
気合を入れたキャサリンは、猛然と筆を走らせ始めた。

 

 

規律厳しいお嬢様女学校で、少女たちの心を慰めるノート回覧。
『おとめの夢』と『ヲトメの夢』
世にも珍しい美形を山と見たキャサリンは一躍、人気(同人)作家に踊り出たのである。

 

end

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