草上の昼食



左上:ウジェーヌ・ブータン画「Luncheon on the Grass, the Family of Eugene Manet
(草上の昼食、ウジェーヌ・マネの家族)」(部分)1866年
右上:ポール・セザンヌ画「Luncheon on the Grass(草上の昼食)」1871年
左下:クロード・モネ画「Luncheon on the Grass(草上の昼食)」1866年
右下:ポール・セザンヌ画「Luncheon on the Grass(草上の昼食)」1875年

オリジナルは1863年発表のエドワール・マネの同名作品です。
当時は物議を醸した作品ですが、多くの画家がオマージュを描きました。

ブータンの「草上の昼食」に描かれているウジェーヌ・マネはエドワールの弟で、
エドワール・マネの「草上の昼食」でもモデルを務めています。
ブータンはオマージュを描くためにウジェーヌ・マネに来てもらい、
わざわざ同じポーズを取ってもらったのです。

一方、セザンヌの1871年版「草上の昼食」ではセザンヌ自身らしい男性が
ポーズを取っています。(彼は当時32歳ですが、すでにハゲていました。)
モネは画家仲間にモデルになってもらいました。左端の男性はバジールです。


ジュリウス・ステュアート画
「Picnic under the Trees(木陰の昼食)」(部分)1895年

マネと対立していたアカデミーで教育を受けたステュアートも、
「草上の昼食」を意識したと思われる作品を描いています。
マネの影響はアカデミックな画家にも及んでいたのです。


ジェームス・ティソ画
「Le Dejeuner sur L'herbe(草上の昼食)」1868年

ティソも「草上の昼食」を描いていますが、
むしろ「Partie Carree」の方がマネの「草上の昼食」を意識した作品でしょう。


左:ジェームス・ティソ画「Partie Carree(パーティ・カレ)」発表年不明
右:エドワール・マネ画「Luncheon on the Grass(草上の昼食)」1863年

ティソの「Partie Carree」をマネの「草上の昼食」と並べてみると、
マネからの影響がはっきり分かると思います。
ティソはマネがイタリア旅行をした際、亡命先から合流するほどのファンでした。

この他、モリゾも「草上の昼食」を描いています。
画像データを探しているのですが、なかなか良いものが見つかりません。

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