ル・ファーラー悠久物語

プロローグへ戻る

――1.頼み事――
 
無意味なものだった。
自然の営みも、一日の生活さえも。
全てのものが無意味なものでしかない。
ただ繰り返されるんものでしかない。
誰かに助けてもらいたかった。
いつも願っていた。
この苦しみから逃れることを。
けれど、その事は誰にも出来ない。
誰も自分の願いを叶えてくれることは出来ない。
自分も同じ。
永遠に流れ行くものだ。
同じことを繰り返して、何も価値のない時を行くだけ。
そう、あの時から時は止まっているのだ。

「あれ。なんだろう?」
道の真ん中で何かが光った。
夕刻が迫る頃。
陽の光りに反射して確かに何かが光った。
イオは「なんだろう」と思いながら、それを拾い上げた。
それは、直径3センチ位の銀色のコイン――いや、メダルのようなものだった。
途中で切れてはいるが、同じ銀色の細く長い鎖もついており、表には左右対称の鳥が緑に輝いている。
どこか金持ちの家の紋章だろう。
事細かな細工がしてある。
イオには当然、宝石などを鑑定できるわけないが、素人の目から見てもそれは明らかに良い物だと分かった。
「この宝石、エメラルドかな」
陽の光りのなか、宝石は深緑の色を放つ。
「綺麗な鳥。<緑鳥伝説(プランタジネット)>を元にして造ったのかな」
イオは「くすっ」と笑う。
「会いたいな、緑鳥戦士に・・・」
メダルを見るイオの表情はどこか懐かしそうだった。

でものんびり感傷に浸っている場合ではない。
こうしている間にも陽は西へと沈んでいく。
「早く帰らないと義姉さんが心配するな。かといって、これは置いて行けないし」
彼の辞書に「ネコババ」と言う言葉はないらしい。
まあ、それはそれでいいんだけど。
「一体誰のだろう?」
裏表と見るが持ち主を特定できるような物はない。
星の数ほどある紋章を見ただけで見分ける事など、ほとんど不可能だ。
「いつまでもここにいても仕方がないし、明日、朝1番に届けよっと」
イオはメダルをズボンのポケットに入れ、様々な薬草がたくさん入った袋を肩に掛け直すと、家へ急ごうとした――が。
どんっ
前方・側方不注意。
林から出て来た人と見事にぶつかった。

「いっつっつ」
ぶつかった拍子に尻餅をついてしまったイオ。手でお尻をさすった。
「おい、大丈夫か?」
イオの前に手が差し出される。
顔を上げると、左目の所に細く長い三日月の様な傷を持った旅人が立っていた。
年は22歳位だろう。漆黒の髪と瞳の持ち主だ。
「大丈夫か?」
左耳につけられた小さい紅玉が髪の間から見える。
(女の・・・人?)
「どうした?どこか、挫いたのか?」
「いえ、大丈夫です」
イオは旅人の手を借りて立ち上がると旅人に向かって深々と頭を下げた。
「すみません。前見ていなかったもので」
「いや、それはこっちの台詞だ。まさか人が通るとは思わなかったものだから」
イオは顔を上げて旅人をもう1度見る。
白と黒を基調とした服。装備はしていないようだが、腰に帯びている剣から剣士と伺える。
金髪と青い瞳を持つイオとは正反対である。
14とはいえイオも決して背は低いほうではないのに、旅の剣士の肩の辺りまでしかない。

体の線が服で隠れているため、イオには男とも女とも見える。
けれど、かなり実践なれした戦士だと言うことは、周りを包む感じからなんとなく分かった。
「怪我はないようだな」
「ほんと大丈夫です」
服についた土を払いながら答えると、旅人は一瞬だけ微笑みを浮かべた。
「そうか。それは良かった」
「旅人さんこそ大丈夫ですか?」
「平気だ。これほどのことで怪我していたら旅などできん」
そういう旅人の表情はなく、さっきの笑顔を砕くようなっものだった。
(さっきの笑みは気のせいだったのかな)
イオはそう思い、首を傾げた。
「んっ?」
地面に落ちたメダルが旅人の目に映った。
「これどうした?」
ぶつかった拍子にポケットから転がりでたのだろう。
旅人はそれを拾い上げ、イオに見せながら尋ねた。
「拾ったんです」
「どこで」
「ここでですけど。もしかして、旅人さんのですか?」

「ああっ、私のだ」
それを聞いてイオはほっと胸をなでおろした。
「良かった。持ち主が見つかって」
「丁度私も探していたところだ」
イオが旅人の顔を見ると、そこにはハッキリと分かる笑顔があった。
「ありがとう、助かった」
「いえいえ」
「礼をしないとな」
旅人は顎に手を当てて考え込む。
「いいですよ、お礼なんて」
イオは慌てて断わるが、
「そうもいかない。親切にしてもらったら礼をするのが礼儀だ」
と、旅人は無表情のままハッキリキッパリ言い放った。
「そう言われても」
「遠慮しないの」
 突然、空から声が降ってきた。

二人が見上げると、鴉程の大きさの白い鳥が舞い降りてきた。
しかもちゃっかりとイオの肩に止まった。
「大丈夫。見た目は貧乏だけど、結構お金持ちだから」
「悪かったな。貧乏で」
旅人が鳥に冷たい言葉を放つと、鳥はくるりと旅人の方に向き直り、首のあたりで翼を手のように組んだ。
「怒っちゃやあん」
さっきまでの口調とは違って、今度は女らしい口調だ。
(鳥が喋ってるー!!)
イオが驚く通り、この鳥は人語で話しています。
「それよりリムノス。お前どこ行っていたんだ?」
鳥の動きがピタッと止まり、氷のように体が固まった。
「ラドルやレジオと一緒だったはずだが」
「えーとね、あのねえー」
「リムノスー!!」
また別の声が辺りに響いた。

後ろを振り向くと、大型のイエロータイガーがすごい形相で立っていた。
息遣いも荒く、全身びしょ濡れである。
「リムノス、お前散々オレ様に迷惑かけておいて、一人で帰るとはどういうことだ!!」
言葉や表情に凄みを感じる。
すでに怒りが頂点に達している状態だ。
「いやあん。怒っちゃやん。レジオってば」
リムノスは御機嫌を取るポーズをするが、逆にレジオの怒りを爆発させた。
「ふ・・・ふざけるのもいい加減にしろー!!」
「えっ!?」
レジオはイオの肩の上にいるリムノスに飛び掛かる。
しかし、レジオの前足が来るより先に、リムノスは上空へと飛び立つ。
レジオの前足は、リムノスにもイオにも擦らず空を切る。
レジオはあきらめずに、リムノスを追う。
後はほぼその繰り返し。
イオはそれを呆然と見ているしかなかった。
飼い主の方はと言うと、ずっと沈黙したままだ。
「やっぱり、喧嘩が始まっていたか」
すると、また別の声が聞こえた。

今度は茶色と白の毛並みを持つ大型犬が姿を現わした。
こちらはレジオと違い、濡れてもおらず、落ち着いた感じだ。
「ラドルか」
「止めなくていいのか?」
一羽と一頭の様子を見ながら、旅人に尋ねた。
「いつものことだ」
(いつものことって?・・・一体この人達?)
「でも一体何が原因なんですか?」
イオは呆れつつもラドルに尋ねてみた。
「いやな。主殿の落としたメダル探していたんだ。リムノスが空から、 ワタシとレジオが地上から探す事となっていたんだが」
ラドルは気さくにイオに話し始めた。
「レジオって奴は、主のためならたとえ火の中水の中を本気で実行する奴なんだ。
だからリムノスが『光り物』と言っただけで、そこに突っ込んで行くものだから、散々からかわれてな。 川に飛び込むは、崖から落ちそうになるは」
だから、全身びしょ濡れだったわけだ。
「まあ、レジオが怒るのも無理はない」
「そう・・・ですね」
「どこまで探しに行っていたんだ、お前らは?」
 最もな意見である。

「それはそうと、こちらの少年は?」
ラドルがイオを見上げながら尋ねた。
「メダルを拾ってくれた奴だ」
「ほう。それはそれは」
ラドルはイオの方に向き直ると、
「これは主アーク殿の大事な物を拾ってくれたとは。ワタシからもお礼を申し上げる」
と、礼儀正しく深々と頭を下げた。
「いえいえ」
どうやら、ラドルはリムノスやレジオとは少し違うらしい。
何と言うのか、誠実がモットーのようである。
「でも見つかってよかったですね。大切な物」
イオはにっこりと笑った。
「忘れていたが、ワタシの名はラドル。こちらは我々の主のアーク・レナー。剣士兼聖獣使いである。 我々はアーク殿に仕える聖獣だ」
(聖獣。だから喋れるのかー)
聖獣と言うのは、魔力をもつ獣、つまり魔獣の一種。 その中でも主に人の役に立っている者や人に危害を加えない者達のことを一般的にこう呼んでいるのである。
個人差もあるが、魔獣のほとんどは人語が話せると聞く。
「鳥がリムノス。虎がレジオ。紹介しなくても分かるとは思うが一応紹介しておこう」
ラドルはひと通り紹介をした。

礼をしたいと思うのだが、お主の名は?」
ラドルはイオを見上げながら尋ねた。
「えっ、あっ。イオ、イオと言います」
「いお?」
アークは腕を組んだまま、オウム返しをした。
「変わった名前だな」
と、ラドル。
「よく言われます。それに一応、漢字名なんです。この名前」
イオは掌に魚の旧字体を書いて見せた。
「漢字か。星の国辺りに伝わる古い文字だったな」
イオはアークの言葉に少し驚いた。
漢字は一部の地方のみ。しかも名前以外には滅多に使われていないのだ。
それを知っている人が、世界の裏側といえる場所にいるとはちょっと意外だった。
「お詳しいんですね」
「古い友人がいるから、少しだけな」
そう言ってアークは懐かしそうな表情をした。
「それより、礼だが何にしようか」
「拾い物の礼は一割と言うが、メダルじゃ礼のしようにも困るな」
まだまだ続く、リムノスとレジオの喧嘩を無視しながらアークとラドルは相談を始めた。
(ほっといていいのだろうか・・・)
イオは心の中で思った。

結局、お礼の話しは街までの道中で話すこととなった。
気が付けば、夕闇が迫り、辺りは暗くなりかけている。
それにこの辺りにも、魔物が棲み付いており、夜になるととても危険だ。
イオもアークもそれを知っており、危険のないうちに街へ行く事にしたのだ。
「家まで送ろうか?」
街までの道を歩きながらアークがイオに尋ねた。
「いいですよ」
けれど、イオは激しく首を左右に振るだけ。
「しかしな、お前。お礼がしたいといえば断わるし。送ろうといえばこれも断わる。 私は一体どうすればいいんだ?」
アークは深いため息を付いた。
「ご迷惑かと」
「迷惑だった、こちらから言わん。それに人の行為は素直に受けるのもだ」
「でも〜」
リムノスがアークの肩の上で「くすくす」と笑った。
2人のやり取りが面白いのだろう。
「でも、お礼なんて思い付きませんよ〜」
「こちらとて、礼をしない訳にもな」
2人は「う〜ん」と悩み始めた。

「あっ、そうだ」
イオが突然、ポンッと手を叩いた。
何か思い付いたらしい。
「お礼の代わりにひとつ頼み事をしていいですか?」
「頼み事?」
「ええっ。ちょっとした護衛見たいな物ですけど」
「護衛?」
「はいっ。僕の義姉さん、ティマと言いますけど、街で僧侶していると同時に薬師でもあるんです。 最近、街の人数人が妙な熱病にかかっているんです」
「伝染病じゃないだろうな」
少し心配そうな顔のアーク。
イオは笑顔で首を横に振る。
「いえ、違います。その熱病はどうやらラヴァティの花によるものらしいんです」
「ラヴァティの花だと」
アークが驚き声を上げた。
「アーク知っているの?」
と、リムノス。
全く分からないと言った感じだ。
「ラヴァティの花は麻薬の一種。強い毒も持つらしいからな。ついでに人に幻惑を見せるとも聞く」
腕を組んだまま、アークが説明した。
「許可がないと栽培はできないはずだ」
アークの説明に皆、感心した。

「さすがはオレ様のマスター」
レジオが尊敬の眼差しでアークを見た。
「ボク達のでしょう」
すかさずリムノスがツッコム(?)。
「それで?」
アークはレジオを無視して話しを進めた。
「その熱病は毒によるもので、治すには解毒剤が必要なんです」
「つまり、ラヴァティの花が必要って訳か」
「そうなんです」
「でも、ラヴァティの花は栽培禁止でしょう。薬師協会に頼べばいいんじゃないの?」
リムノスが疑問を投げ掛けてきた。
「それが、2・3ヶ月はかかると言われて」
イオは頭をかきながら答えた。
「何のための協会だか」
レジオがふうとため息をついた。
「で、何を私に頼みたいのだ?」
「それなんですけど、実はこの近くの山にその花が自生している場所があるんです」
「なんだって?」
アーク達は声を揃えてそう叫んだ。

「それ本当なのか?」
まだ信じられないといった表情をするアーク。
「そうなんですけど、山には魔物が棲んでいるので・・・」
「なるほど要するに、姉上一人では行かせられないと言う訳か」
アークがそう言うと、イオは顔を明るくして大きくうなづいた。
「そうなんです。引き受けて貰えます?」
アークはため息を付くと、
「引き受けるも何も、私はお前に礼をしないとな」
と、言った。
「人助けとあれば礼も何もない。当然のことだ」
ラドルも賛成する。
けれど。
「宝(光物)隠し持っている魔物がいるといいなー」
「魔物か。久々に暴れられるぜ」
一羽と一頭は完全に自分の世界に入っていた。


2.喪いし者へ進む

猪鹿亭入り口 ★★ 印刷屋
竜人館 トップページ
このページに関するご意見、ご感想は、
ぎをらむ、こと嬉野通弥(ureshino@i.bekkoame.ne.jp)まで。