ル・ファーラー悠久物語

9.幻へ戻る

――10.死ねぬ者――
 
アークが再び瞳を開くと、霧の中に佇むクシュナを見た。
<アーク様。アーク様>
足下で転がったままのアルクトゥールスの声が聞こえる。
「すまんな。アルクトゥールス」
アークはアルクトゥールスを手に取ると、
「心配掛けたな」
と、意志の強い瞳で言った。
アルクトゥールスは昔、アークが主人となった頃の彼女の姿をそこに見た。
アークはクシュナの方に向き直り、改めてクシュナを見た。
クシュナは怒りの表情を見せており、足下には割れた陶器の破片が散らばっている。
左腕には矢が一本突き刺さっていた。
「何故、幻術が・・・。香炉が壊れても充分だったはず」
「さぁな。ただ1つ言えるのは、あいつらが教えてくれたってことかな」
「・・・くっ・・・」
霧はしだいに晴れ始め、視界広がる。
「あ〜、もう、霧をかなり吸ってしまったようですね」
アークの背後から、ティマの間延びした声が聞こえてくる。
「クソッ。あのくそ生意気イタチめ〜」
「・・・・やはり、幻だったか」
ラドルとレジオの声も聞こえてくる。
いささか、緊張感のない3人である。

時間はしばし戻り、イオ達が何をしていたかと言うと――。
「リムノス、落ち着いて」
イオの爆弾発言に、リムノスは1人大騒ぎしていた。
「落ち着いていられないよ〜」
リムノスは辺りをウロウロと飛び回った。
「イオとセリア様が従兄弟同士〜」
「混乱させってしまったようですね」
セリアは申し訳なさそうな顔をした。
「リムノス〜。今は、それどころじゃよ。今はアークさん達を助けないと」
「そうだったね」
リムノスはハッと気が付き、いつもの調子に戻った。
「でも、どうするの?いくら、ボクでもこの視界じゃ、かなり近付かないと分からないよ」
「リムノスさんの風で視界を開かせて、その間にイオ君が弓を射るのです」
「えっ。無理だよ。ここからだと、かなり距離もあるし、視界が開けるのは一瞬だよ。
その間に射るなんて」
リムノスは翼を激しく動かしながら、セリアに抗議する。
「しかも、一回きりだよ」
「でも、他に方法はありません」
リムノスは「うっ」と口をつぐんだ。
リムノスが近くまで飛び攻撃するのは可能だが、その前に見つかり逆に攻撃を受ける可能性もある。
いや、既にここにいることも知られてはいるだろう。
ここからは何もできないと思っているから、向こうも何もしてこないのだろう。
竜巻きを起こすのもいいが、その場合はアーク達を巻き込んでしまう。
かと言って、ここから鎌イタチを撃っても、この視界じゃ当たらないだろう。
「でも」
この計画はかなり無謀だ。
「方法がないなら、やるしかないでしょう」
イオは一人、弓を撃つのによい場所を探しながら言った。
「本気なの、イオ」
「他に方法がある訳でもないんだし」
イオは煙突の右側に回り、右足を煙突に掛けた。
「そうだけど。ボクが行けばすむことだよ。イオが危険をおかす必要はないよ」
「そうかもしれないけど。僕はリムノス達が傷付くのを見てはいられないんだ」
イオはニコッと笑ってみせた。
「それに、大体の位置は分かる。一瞬でも見えれば、何とかなるよ」
リムノスは大きなため息を付くと、
「・・・分かった」

「大丈夫ですわ。狩りで彼にかなう方は村ではおりませんでしたから」
セリアがイオの腕を保証する。
「ちょっと、ずれてる気もするけど、仕方ない」
リムノスはイオとクシュナの直線の上に飛ぶ。
イオは弓の準備を完了すると、深呼吸をして、心を落ち着けた。
「準備はよろしいですか?」
セリアの声に、イオとリムノスは大きくうなずいた。
「いきます〜」
リムノスは大きく羽ばたき、強風にて霧を一時的に追い払う。
それは、離れていたアーク達の所まで及ぶものであった。
その強風により、クシュナの姿がはっきりとイオの目に映った。
ビュッ
勢いのよい音がして、イオの弓から矢が勢いよく飛ぶ。
矢は完全にクシュナを捕らえ、左手の香炉――ではなく、少し離れた肘の当たりに突き刺さった。
「ハズレ?」
「いえ、大丈夫です。ほら」
香炉はその反動でクシュナの手からこぼれ落ち、石畳の地面に高い音をたてながらそして砕け散った。
「やったね〜、イオ」
リムノスはイオの頭の上をぐるぐると飛び回った。
イオはホッと大きなため息を付くとにっこりと笑顔を見せた。
「これで、大丈夫ですね」
セリアも安心して笑顔を見せた。
「さぁ、早く彼女の元へ行っておやりなさい」
「あっ、そうだね」
リムノスはすぐに飛び立つが、イオも屋根裏部屋の窓を開け、そこから家の中へと入る。
「あっ、そうだ」
入りかけた所で、イオはセリアの方を見た。
「ありがとう。泉さん」
そう言い残すと、イオは家の中へと入って行った。
セリアはイオの行った方向をしばらく眺めていたが、
「ありがとう、イオ。あなた方に神の祝福があらんことを」
と、言いながら、その姿を消した。

「お待たせ〜」
 リムノスがアークの肩に降りて来る。
「お前、どこに逃げてた?」
「あはははは」
図星のリムノスは笑って誤摩化した。
「おのれ〜」
クシュナは憎々しい瞳でアーク達を見た。
幻術から解かれたティマ達も、現在の状況を見て緊張感を走らせた。
「おのれ、もう少しの所で」
クシュナは矢の突き刺さった所を押さえながらアーク達と距離を取った。
クシュナの手の間から流れ出る血は黒く見えた。
「お前、人じゃないな」
「そうよ。わたくしは人ではないわ」
「だったら、遠慮はいらないな」
「どうせ、幻術が効かないのなら、あなた方全員葬って差し上げますわ」
クシュナは自分自身の体を変化させ始めた。
むき出しの肌からは蛇の鱗が生え、足は一つになる。
体はしだいに深い川の水の色のような緑色になった。
クシュナは下半身を蛇と化した魔物に変化した。
「人獣?いや、蛇になった悪霊ってところか」
アークもラドルの召喚解除をすると、アルクトゥールスとリムノスを融合させる。
クシュナは先程よりも数倍の水を舞わせると、アークに向って放つ。
アークも剣を振るい風を起こし、水の固まりを砕く。
(融合した事で威力が上がっている・・・。この程度の水じゃかなわないわね)
クシュナは再びアークを憎々しい目で睨む。
「わたくしは、まだ負けられぬ。また、負けるわけにはいかないのよ」
そのクシュナの姿にアークは一瞬動きを止めた。
セマとクシュナの姿が重なったからだ。

そのスキをつかれたアークはクシュナの尾をまともに受け、数メートル吹っ飛ばされた。
「アークさん」
「マスター!!」
ティマの声が聞こえ、レジオがアークの元へと走ってくる。
アークは上半身を起こすが、あちこちに傷を負っている模様だ。
こうなると、レジオが当然黙っているわけがない。
アークの側に立つと、とびっきりの火球をクシュナに投げ付けた。
しかし、その火球はクシュナの放った複数の水刃に相殺されてしまう。
「オレ様の火球が!!」
それどころか、水球のほうが火球を上回り、 レジオはその水球をまとも受けしまい、水刃がレジオの体を深く切り裂く。
「レジオ」
「レジオさん」
ティマが慌てて駆け付けて来て、治療魔法を施すが、傷はかなり深く、立つのがやっとであろう。
「アークさん、義姉さん」
やっと、地上に降りたイオが弓を構え、ティマとレジオを守るように立つ。
けれど、クシュナはイオ達の方には興味がなく、アークの方を見る。
(もしかして、狙いはアークさん)
アークは立ち上がると、剣をクシュナに向け、風刃や小さな竜巻きを起こす。
しかし、堅い鱗に守られて、クシュナの体に傷一つ付けられない。
(レジオの炎もアークさんの剣撃も効かない。水に有効なのは、火だけど。レジオの炎以上の火でないと)
イオは一人、思考を巡らした。
(火、火、火・・・)
イオはハッと何かに気が付いた。
レジオの火。アークの放つ風。
イオは身をひるがえすと、身近な家に向って走って行った。
「イオ?」
レジオに治療魔法を施しながら、ティマの声が背中から聞こえたが、イオは全くそれが聞こえていない。
イオは身近な人気のない家に躊躇わずに入って行った。

「くっ」
アークはクシュナの放った水刃をかわした。
水刃はそのまま、近くの建物の壁に傷付けて、元の水へと戻る。
アークも風刃などを叩き込むが、あまり効果はない。
息もかなり上がっている。
精神力をかなり消費している証拠だ。
治癒魔法をかけられながら、レジオは「マズイ」と思っていた。
「さすがは緑鳥戦士。先の戦争の終結の際に<不老不死>の呪いを受けたの言うのは本当だったのね」
アークはわずかに反応した。
「ただの噂だと思っていましたけど。 ただ、体が丈夫だけかも知れませんが、まぁ、それでもいいですわ。こんな体よりは、いいですわ」
クシュナはにっこりと微笑んだ。
これが蛇の魔物でなければ、心を虜とする笑みであっただろう。
「なるほど、私の体を乗っ取ろうってわけか」
「そうよ。わたくしはその体がほしい。その<不老不死>の体を手に入れ、あの男に復讐をするためにね。 わたくしを殺したあの男にね」
そのクシュナの言葉にティマだけが反応した。
(まさか、あの人・・・)
アークはこのスキにクシュナの間合いに飛び込むと、渾身の力を込めて、剣を腹部に突き刺した。
「うっ」
クシュナは夢中で腕を振るい、アークを叩き払う。
アークは近くの家の壁に激突する。
その時、剣がアークの手を離れ、乾いた音とともに地面を滑る。
光が溢れ、リムノスとアルクトゥールスの融合が解ける。
精神力が途切れたせいだ。
「アーク!!」
<アーク様!!> 
アークはすぐに立ち上がり、クシュナを見た。
「悪いがこの体、悪用させるわけにはいかないのでな」
アークはアルクトゥールスを呼び寄せ、手に剣を戻す。
クシュナは刺された所を押さえながら、ゆっくりとアークを見る。
さほど、深い傷でないようだ。
「それに、こんな体を持つ者の気持ちは誰にも分かるまい」
アークは悲しげにポツリと言った。
<アーク様・・・>

アークはクシュナの顔を見て、口を開いた。
「お前、ガーナだろう」
体勢を整えようとしたクシュナの動きが止まる。
「アークさん」
ティマが驚いた顔をする。
「ガーナって、あの湖の伝説の?」
リムノスがアークの肩に止まる。
体の色はいつもの白ではなく、緑色となっている。
治癒魔法で回復したレジオがアークの足下に駆け寄る。
まだ、本調子とまではいかないようだ。
「ああっ」
「どうして、マスターはこいつがガーナだと?」
「よく考えたら分かることだ。 イオが湖の伝説を教えてくれた時、山の中の教会はガーナの魂を鎮めるために建てたって言っていただろう」
「確かにそうだったね」
「魂を鎮めるってことは、ガーナ死んだ後、街になんらかの奇怪なことが起こったってことになる。 それも、ガーナの霊によるものだと言う何かが」
「なるほど」
リムノスはポンッと手を打った。
「さすがはマスター」
アークが目立つ所を見て、レジオは上機嫌になった。
「そうです」
アークの背後から、静かな声が聞こえた。
「ガーナの伝説には、まだ続きがあるんです」
振り返ると、クシュナが佇んでいた。
「お話します。ガーナの伝説の隠された真実を・・・」
ティマは静かに語り始めた。


11.真実へ進む


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