ル・ファーラー悠久物語

10.死ねぬ者へ戻る

――11.真実――
 
街に伝わるガーナの湖の伝説。一部の人しか知らない続きがあった。
ガーナが湖に身を投げたとされた翌年から、街に不可解な失踪事件が起きた。
毎年、ガーナが身投げした頃に年若い青年が行方不明になり、 必ず湖でその遺品が見つかると言う物だった。
それ故に、人々はガーナの亡霊の仕業と噂しあい、 事件を終わらせるため高名な僧侶を呼び、その魂を鎮めたと言う。
「僧侶は湖と山全体とに二重の封印をかけたのです。 教会はその封印の蓋となるものでしたが、魔物が住み着き」
「封印は解かれたというわけか」
アークの言葉にティマはうなづいた。
「なるほど、そういうわけだったんだ」
<けど、人をさらうのは・・・・>
クシュナは今まで伏せていた顔を上げながら、自虐的に笑い始めた。
「そうよ。確かにわたくしは湖で死んだわ。あの男に殺されてね」
「!!」
驚いたのはリムノスとアルクトゥールスだけ。
アークは予測していたのだろう。あまり、表情が変わっていない。
ティマもおそらく知っていたのだろう。
レジオは全く興味ナシと言った状態だ。
「殺された?領主の息子にか?」
「そうよ。わたくしはあの日、あの人と会うはずだった。けれど」
クシュナは語り始めた。
自分が殺されたあの日のことを。

クシュナはその日、領主の息子と別れるつもりでいた。
理由はもちろん、婚約者の存在だ。
誰が決めたにせよ、どんな人にせよ、自分が適うわけがない。
それに、相手は貴族。身分違いの恋にやって行く自信がなくなっていた。
けど、彼が愛してくれる。それだけで良かったが、それも叶わない。
だから、別れる決心をした。
その日、ガーナはいつも彼と会う、湖のある山の麓の柳の木の下で待っていた。
「大事な話がある」とその日の前日に彼を呼び出していたからだ。
無論、「大事な話」とは別れ話の事。
 彼はそう簡単に納得してはくれないだろう。
駆け落ちまでしようと言ってくれた人だから。
自分にはそれだけで十分だった。
本当は彼とどこまでも一緒に行きたかったが、 彼の先の事を考えたら、自分は身を引くべきだと思ったから。
しかし、彼はなかなかこず、待ち合わせ場所に来たのは領主の使いの者と名乗る者達だった。
彼等は、ガーナに「彼と別れろ」と告げたが、ガーナは「彼がここに来るまで待つ」と言い放った。
ガーナは彼に直接言うまでその場を離れるつもりはなかった。
そして、ガーナは殺された。彼等に胸を刺されて。
そうして、遺体は湖に投げ捨てられた。
「・・・・・」
ガーナの話を聞いて、皆は押し黙ってしまった。
「その人たちが、領主に雇われた殺し屋だった事は、死んだあとで知ったわ」
「じゃあ、なぜ?」
「彼を恨むかって?」
クシュナは自虐的に笑った。
「なぜかしらね。わたくしが死んでものうのうと生きてる彼がきっと許せなかったのね」
「だから、男をさらって・・・」
「けど、高名な僧侶に封印された」
リムノスの言葉の続きをティマが続けた。
「そうよ。彼に復讐するため、何もなかったのように過ごしたあの男に復讐するために」
クシュナの瞳に復讐の炎が蘇る。
その瞳は20年前に死んだセマの瞳によく似ていた。
アークは思わず、クシュナにセマの姿を重ね、昔の事を思い出した。

「セラ!!」
アークは剣を持ったまま、セラの元へ駆け出した。
セマが氷槍を消すと、セラの体がふわりと布のように床に落ちた。
返り血が飛び、アークやセマの体に付着する。
アークはすぐさまセラの体に近寄り、彼女の鼓動を確かめた。
しかし、セラの鼓動はもうアークには聞こえなかった。
アークはセラの体をそっと床に置くと、セマの様子を伺った。
セマはなぜか呆然と立ち尽くしており、アークに攻撃して来る気配さえなかった。
アークはそれでも油断大敵と思い、剣を構えた。
けれど、セマは攻撃して来るどころか、頬に付いた血をゆっくりと指先で拭った。
そして指先に付いた血を見て、セマの瞳が大きく開かれ、やがて、セラの遺体を見下ろした。
「いっ・・・」
「?」
「いやっー!!」
セマは突然頭を押さえながら、その場に座り込んだ。
「なっ・・・」
アークは突然のことに驚き、剣を握った手の力がゆるんだ。
セマは体をガタガタと震わせた。
そこに戦場には似合わない風格の女性が飛び込んできた。
「セラ!!アークさん!!」
セナは服や髪の乱れも気にせず、十数人もの兵士と共に部屋に入ってきた。
セナは真直ぐな瞳でセラの死も仲間の死も、セマの様子もすべてをすぐに受け入れた。
ただ、セマの様子だけはセナも驚いた様で、アークに疑問の眼差しを見せた。
「おねぇ・・さま・・・?セラ・・お姉様・・」
セマはアークの背後にあるセラの遺体を見る。
セマは何度かセラの名を呼ぶが、セラは全く動かない。
「なんで・・?どうしてよー!!」
セマの瞳からポロポロと涙が流れ落ちる。
セマの様子にそこにいる誰もが動けず、言葉も発せられなかった。
「どうして、どうして、セラお姉様が死ななきゃならないのよ!!どうして、セラお姉様が!!」
セマは子どものように泣き叫んだが、やがて自分の血だらけの手を見て、
「そうか。私が殺したんだ・・」
と、静かに呟いた。

アークの後ろで兵士達がざわめく。
セマの様子を見れば当然だろう。
「あっはっ・・・・あははは・・・」
血で染まった手を見ながら、セマが笑い始める。
「そうか、わたしが殺したんだ、セラお姉様を」
セマはゆらりと立ち上がる。
「セマ、落ち着きなさい」
セナの声が響き、アーク達を我に帰す。
「セナ・・・お姉様・・・」
セマの赤い瞳にセナが映る。
「セナお姉様・・・。どうして、セラお姉様が死ななきゃいけないのかしら・・・」
「・・・」
セナは口をつぐんでいる。
何を言おうか迷っているのだろう。
「どうして・・・。お姉様なら分かるでしょう。 だって、母様と同じ予見の力を持っているのだから。 セナお姉様、どうして、セラお姉様が死ななきゃいけないの?
わたし、お姉様達と一緒に暮らせる世界にしようと思ってやってきたのに・・・」
アークはセマのその言葉に驚いた。
セラと同じ願いだったからだ。
「ねぇ、お姉様・・・」
セナは答えない。
いや、答えられない。
まだ、迷っているのだ。
どうすれば、セマを止められるか。
セマはじっとセナを見ていたが、セナの傍にいるアーク達の存在に気がついた。
セマはアークのことを見つめると、セマの瞳が憎々しい物に変わった。
「そうか・・・。そうだったのね」
「セマ?」
「?」
「そうよ。あなたのせいよ!! あなたがいなければ、あなたが我々についていれば、 あなたがセラお姉様の側にいなければ、こうはならなかったのよ!!」
「セマ!!」
「そうよ。緑鳥戦士のせいで、セラお姉様は死んだのよ!!」
セマの声がアークの心に強くのしかかった。
「わたしは絶対にあなたを許さない」
残虐非道と恐れられた、雪の国の女王の姿がそこにあった。


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