ル・ファーラー悠久物語

11.真実へ戻る

――12.答え――
 
「決して許さない」
アークはガーナの声でハッと我に返った。
「わたくしを殺して、のうのうと生きていたあの男を」
ガーナはキッとアークを睨み付けた。
(マズイ・・・)
「だから、わたくしはあなたの<不老不死>の体がほしいのよ」
ガーナは手の平に水を集めると、アークに向って水を投げ付けた。
水は鋭い刃となり、アークに襲い掛かる。
アークはティマを抱えて、地面を横に転がり、水刃をよける。
「レジオ、ティマを頼むぞ」
アークはすぐに立ち上がり、逆方向に向って走り出した。
アークは次々と来るガーナの攻撃をよけるが、 リムノスとアルクトゥールスの融合が不可能なため、鎌鼬を打つことができない。
アークは舌打ちする。
(どうにかして、倒す手立てを考えないと)
ティマはレジオに守られながら、思考を巡らした。
レジオは手出しできずに、イライラしている。
リムノスはアークに追い付き、なんとか援護している。
(相手が使うのは水。水がなくなれば、勝機があるかもしれない)
ティマは何かを決意したように立ち上がると、持っていた杖を地面に立てた。
ちょうどその時。
「アークさん!!義姉さん!!」
どこへ行っていたのか、イオが水袋を何個か抱えて戻って来た。
イオはアークとガーナの位置を確認すると、その水袋を思いっきりガーナの頭上に向って投げた。
「リムノス!!レジオ!!」
イオのその声に、アークはリムノスに水袋を破るように命令し、 レジオも無意識のうちに体を動かしていた。
リムノスの風の刃が水袋を破った。
すると、何やらベタベタした液体が空から降って来た。
「な、なんだ、これ?」
ガーナはその液体に気を取られた。
そして、その液体からは独特の匂いが僅かにした。
(この匂い、まさか!!)

ガーナはその液体の正体に気が付いたが、それは既に時遅し。
ガーナの近くまで来たレジオが大きな炎を放った。
「しまった!!」
ガーナは後ろへ後退しようと思ったが、レジオの炎の方が早かった。
炎はその液体に引火する。
リムノスの強風が炎の勢いを上げ、ガーナの体を包み込んだ。
そして、それらに折り重なるようにして、ティマの声が辺りに響く。
「母なる大地に住みし 偉大なる大母神ユーリスよ  その全能なる力を持って この水多き大地に 乾きを与えたまえ」
ティマの声に従うかのように、先ほどまで清き水を称えていた噴水の水がピタリと止まった。
唯一の武器とも言える水を失ったガーナは炎に包まれながら苦しんだ。
アークは鱗に守られていないガーナの喉元に剣を突き刺した。
ガーナの体は石畳の地面に倒れた。
アークもガーナが動かないのを確認してから、地面にへたり込んだ。
「マスター!!」
レジオとリムノスが真っ先にアークの元に駆け付けてくる。
その後にティマとイオが続いてやって来た。
「大丈夫ですか、アークさん」
ティマはアークの傍らに腰を落とすと、すぐに回復魔法をかけた。
これと言った深い傷はないが、体のあちこちに傷ができている。
殆どが、血も止まっているから、たいしたことはないだろう。
アークはティマに回復されながら、ホッとしているイオの顔を見た。
「スケルトンの時といい、さっきいい。お前はホント驚かしてくれるよな」
「確かにね」
リムノスはイオの頭の上に止まり、笑顔で答えた。

「よく、油を使おうだなんて思い付いたわね」
ティマが笑顔で尋ねると、照れたように頭を掻いた。
「だって、リムノスは風使いでレジオは火使いでしょ。 でも、レジオの火だけでは効かないようだったから。 油と風を使えば、もっと強くなるんじゃないかな〜と思って」
「とっさにそこまで考えられれば上出来だな」
「認めたくはないが、マスターがそう言うなら仕方ない」
命令もあってか、自分があまり活躍できなかったレジオは不機嫌そうに言い放つ。
リムノスとアルクトゥールスはクスクスと笑った。
イオはガーナに近付き、その遺体を見下ろした。
ガーナの遺体はもう既に火が消え、ブスブスと黒煙を僅かに上げている。
「クシュナさん、何をしようとしてたんですか?」
あの時ここにいなかったイオは事の真相を知らないでいる。
アークは「仕方ないな」と言った笑みでイオにガーナの事を説明しようとした。
その刹那。
ガーナの右腕が動いた。
「危ない、イオ!!」
アークとリムノスの声と共に、ガーナが微かに残っていた水で水刃を作り、イオに向けて放った。
「えっ?」
と、イオが振り向いた瞬間、水刃はイオの右腕をざっくり切り落とした。

「イオ!!」
アークとティマの声が重なった。
ガーナは上半身のみを起こし、満足そうに微笑んだ。
イオは水刃の力で数メートル吹き飛ばされたが、意識的にはしっかりしている。
すぐに、ティマが駆け寄り、治療魔法を施す。
アークは無意識的のうちに立ち上がり、剣の柄に手をかけた。
けれど、ガーナはそれが力の限界だったのか、再び体を地面に落とした。
ガーナはそれ以上動かないアークを見て、微笑んだ。
「どうなされたの?早くわたくしにとどめを刺さないと、先程のようになりますわよ」
「そうだな」
アークはガーナの前に立つが剣は鞘から抜こうとしない。
「なにをためらうの、緑鳥戦士?」
「確かにためらうことはないが、ひとつ聞きたい事がある」
「聞きたいことですか?」
「お前の目的は何だったんだ?」
「目的?」
「そう、私がここに来たのは偶然に過ぎん。 私のこの<不老不死>の体だけが狙い以外に、何かしようとしていただろう?それに、お前が」
「わたくしは、あの男に殺されて以来あの男の恨んだわ。 人を攫って復讐はしたものの、街の人にも恨まれ、封印された。これは当然のことですけどね」
ガーナは自虐的に笑った。
「けれど、そのうちにあの男の力で発展して行く街を見て、街自体をあの男自身と見ていったのですわ」
「そうだったの」
アークの肩の上で、リムノスが「ううっ」と泣いいる。
「封印が偶然に解かれて、あの花に毒があることを知って、 それを使って街にあの男に復讐しようと計画を進めていましたわ。 占師になって、毒の効果を試していた時、あなたが現れたんですわ。 <不老不死>の噂は聞いていましたから」
「で、私の体を乗っ取ることを思い付いたんだな」
「そうですわ。でも、所詮噂に過ぎませんし、どうせ乗っ取るなら本当かどうか確認してからと」
「なるほど、あのスケルトンや街の人を嗾けたのは戦力ダウン以外も入ってのか」
アークは納得したのか、「ふう」とため息をついた。

「わたくしの人生何だったのかしら?こう、殺さればかり。本当、何だったのかしら」
ガーナの瞳から涙が流れ出る。
「緑鳥戦士。あなたもそうでしょう?」
<アーク様、ガーナの体が>
アルクトゥールスの声で、アークはガーナの体を見た。
ガーナの体が少しづつ崩れて砂になって行くのが、アークの瞳にもハッキリと分かった。
「自分の存在価値を探しているのでしょう?」
アークは眉一つ動かさない。
けれど、事実。
アークは今の自分の存在価値を探している。
存在意味を求めているからだ。
なぜ、自分はこうしているのか?
自分は何をすべきか?
その答えを探している。
セラや仲間が死んだ時から、<不老不死>の体になったと知った時から。
アークはずっと探しつづけている。
「わたくしと似ているのかもしれませんね。あなたは」
ガーナの体は殆ど砂になっている。
アークには何も答えることができなかった。
「わたくしは一体、何のために生まれ来たのでしょう」
ガーナはその言葉だけを残して、完全に砂の塊となった。

砂となったガーナの体に背を向けてアークは、そこから数歩離れた。
<アーク様・・・>
「アーク・・・」
リムノス達が静かに声をかける。
「生きている価値か・・・」
アークは地面に腰を下ろし、視線を地面に漂わせた。
「アークさん・・・」
隣にイオとティマが立つ気配があった。
「イオか」
アークはイオの顔を見上げた。
「情けないな。結局、後味が悪くなってしまったな」
「そんなことないですよ。人生に失敗や後悔は付き物ですし」
「・・・」
「アークさんが善かれと思ってやったことなんですからいいじゃないですか」
「今のスッゲー無責任な発言だな」
「レジオがでしょう」
「お前もな」
リムノスとレジオが互いにつっ込み合う。
「今思っていることやらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがいいじゃないですか。 それに、終わりよければすべてよしって言うし」
「・・・お前、変な奴だな」
「僕は変な奴ですから」
イオは笑顔で答えた。
アークは微笑みながら、
「自分で認めるな」
と明るく言う。
それを見て、残りの者は静かに微笑んだ。
「って、それよりもイオ!!お前、腕の怪我はいいのか!?」
「あっ、腕ですか。でしたら、この通り」
イオはあるはずのない腕を2・3回振って見せた。
上着の袖が途中で切れてる以外は、腕は元通り。
傷跡も無く、切り落とされたとは思えない程だ。
「ティマが治したのか?」
イオの腕を見ながら、ティマに尋ねる。
しかし、ティマは困惑した表情で、「え〜」とか「その〜」などと言いずらそうにしている。
「僕もアークさんと同じですよ」
「えっ?」
「僕もアークさんと同じく<不老不死>なんですよ」
「はぁ?」
アークは突然の事に、思考回路がパニックになっていた。
「あらっ」
ティマが声を上げた。
見上げると、結界が解け街中の霧が晴れ始めた。
結界の隙間から、青空が見え始める。
「これで事件も終わりだね」
「フンッ。つまらん」
レジオがつまらなそうに鼻をならした。

「母なる大地に住みし 偉大なる大母神ユーリスよ  汝の元へ帰らんとする魂を導きたまえ  迷える魂に祝福を与えたまえ」
ティマがガーナの遺体の前にひざまづき、両手を組んで祈りを捧げている。
死者を送るための祈りだ。
「イオ」
「何ですか?」
イオは笑顔で聞き返す。
「お前も<不老不死>だって言ったな」
「そうですけど。正確には<不死人>らしいですけど」
「お前、自分がそんな状態になっても何故自分は存在するとか考えたことあるか?」
「ありますよ」
ハッキリと即答する。
「ずっと昔に、考えたことありますよ」
「昔?今は?」
「今は考えてる暇なんてありませんよ。色々やることがあり過ぎて考えてる余裕なんてないですね」
「・・・・」
「泣いたり笑ったり、怒ったりすることで人は精一杯で存在意味なんて、 誰にも分からないし考えてる暇もない。 なら、今感じれることを精一杯感じろ。 それが、いつか遠く近い明日(みらい)へと繋がる道にあるはずだから」
<マーク様がよく言ってた言葉ッスね>
「先代緑鳥戦士が」
リムノスもレジオも驚いた表情をする。
「人は生きているから後悔するのは当たり前。後悔のない人生は生きられない。 なら、自分の気持ちに正直に精一杯生きればいいじゃないか。 そうすれば、後悔も少なくて済むんじゃないか」
(これって、確か、あの時の・・・・)
月の夜に聞いた言葉でアークが幻術を破る切っ掛けになった言葉だ。
(マークより千年以上も経つのに・・・・)
アークは微笑んだ。
(これが答えなのかも)
イオは答えを出した。
人が、自分が存在する意味の答えを。
いや、答えではないのかも知れない。
けど、イオは答えに繋がる物を持っている。
それだけは確かのようだ。
(こんな、考え方もあるんだな)
アークは心の中で微笑んだ。
「大母神の元に逝きて 安らかなる眠りにつきたまえ」
ティマの祈りが終わり、結界は完全に解けた。
アーク達の頭の上には、青い空が無限に広がっていた。


13.遥か古の時代に生まれし者へ進む


猪鹿亭入り口 ★★ 印刷屋
竜人館 トップページ
このページに関するご意見、ご感想は、
ぎをらむ、こと嬉野通弥(ureshino@i.bekkoame.ne.jp)まで。