ガーナによって撒かれたラヴァティの花の毒による被害はほとんどなかった。
毒が空気中に含まれていたのは少量で、多少体がだるくなる程度だった。
しかし、速攻性のある毒の被害が多く現われ、熱や吐き気を催す人もいた。
それでも、一週間もすれば、いつもと変わらぬ日常が戻って来た。
ただ、元々中毒していた者は前よりも一層症状が強くなった。
けれど、それもイオ達が取ってきた葉で回復に向かいつつある。
ガーナの湖に自生する花は、先日に来た協会の者の調査により、
近日中に協会の管理下に置かれることが決定した。
こうして、街は前と変わらぬ日々が戻ってきた。
そして――
街はずれの教会に隣接する住居の屋根の上。
そこにアークとリムノス、アルクトゥールス、そしてイオがいた。
アークの肩の上には、白い羽のリムノスがいる。
「街も元通りになったねぇ〜」
「アークやリムノス達のおかげだよ」
「イオってば、ボクのおかげだなんて〜」
すっかり絶好調のリムノス達に、暖かい日射しが降り注ぐ。
「しかし、私が来たことでこんなことになってしまったんだ」
「大丈夫ですよ。街自体にたいした被害はないし、
アークさんが来なかったら、もっとすごいことになってたかもしれません」
「そうかも」
アークは笑顔で答えた。
「ところで、イオ」
「なんですか?」
「一つ聞いてもいいか?」
アークは重い口を開いて尋ねた。
イオはいつもの笑顔のままでアークに気軽に言った。
「<不死>のことでしょう」
イオの言葉にアークはうなずいた。
「そうだ」
アークは「どうしてそうなったのか」と聞こうとしたが、その前にイオは立ち上がって答えた。
「アークさんと似たような物ですよ」
「似たような物?」
「アークさんは、先の戦乱でセマさんから禁呪「時止の術」を受けて、<不老不死>となったんでしょう」
「ああっ」
アークはイオを見上げながらうなづいた。
確かにその通りである。
けれど、アークが誰にどうして呪いを受けたのかを知っている者がいても決しておかしくはないが、
イオがアークの受けた呪いの術までは知っているには驚いた。
彼女自身でさえ、どのような呪いを受けたかは、セナに聞くまで分らなかった。
その上、その術は巫女にしか使えぬ術。
ごく一部の者しか知らぬ<禁呪>だ。
「イオ。なぜ、私にかけられた術が「時止の術」だと分るのだ?」
「僕も同じです。僕も戦争で<神の巫女>の禁呪を受けた身なんです」
「えっ?」
「話します。すべてのことを」
イオは静かに語り始めた。
「僕が生まれたのは今から、3千年も昔のこと。数十年後に桜花と呼ばれる国に生まれたんです」
その話は、彼女達の想像していた範囲を遥かに超えいた。
アルクトゥールスはその間ただ黙ってそれを聞いていた。
三千年も古の時代。
現在の白の国辺りに桜花と呼ばれる国があった。
まだ、その頃は国の規模も小さく、名のない程であったが、
<神の巫女>と呼ばれる少女を中心に発展し、後に北の大陸を支配する国となるものであった。
その前身と言うべき頃に、三代の巫女の三女を母としてイオと双児の妹は共に生まれたと言う。
<神の巫女>は女傑家系で、大人となればその座を次の者に譲るものであった。
長姉が婚礼すれば、その妹が長姉の娘が成長するまでその座に着き、
娘が成長すれば、その者を巫女にすえる。
時にはその座が空くこともあったが、桜花はそうして、国が滅びるまでそう行って来た。
双児の母もそうではあった。
次女の姉が大人となり、血が薄くなったものの能力に優れた血縁にその座を譲った者であった。
そうして、イオ達双児が生まれたのであった。
本来、双児は当時忌み嫌われた存在ではあったが、
母は元巫女、妹は次代巫女候補、巫女の後ろ押しもあって、特殊な存在であった。
他国が攻めてきたりしたものの、畏怖と尊敬の中でも、イオ達親子は平和な暮らしをしていた。
けれど、その平和が破られたのはイオが13の時だった。
突然、後継者も定まらず、巫女が亡くなったのだ。
次なる巫女を廻って、東方と西方に別れて内部分裂が起きたのだ。
巫女の世話役の者を中心とした東方。
世話役に反感を持つ西方。
東方は長姉の娘の泉を次の巫女を、西方はイオの妹を次の巫女としようとし、争いを始めた。
大地が血の色で染まって行った。
戦さは少数派であった西方が敗れることで決着を付けた。
首謀者達もイオの母親も亡くなった中で、イオもその命を落とした。
妹を庇って、死んだのだ。
けれど、イオは生きていた。
いや、生き返ってしまったのだ。
妹が禁呪の中の禁呪と言われる「反魂の術」をイオにかけたことによって。
「反魂の術だって・・・」
アークはそれを聞いて呆然とした。
リムノスも驚いて、声が出せなかった。
「あの禁呪の中の禁呪・・・」
以前、アークはセナに<禁呪>について聞かさせたことがあった。
<禁呪>は自然の法を乱す術のため、決して使用できないものである。
そして、使用した術者には必ず<業>が降りかかるのだ。
アークがかけられた「時止の術」は、時間を止める術。
普段、魔法使い達が使うストップの魔法とは比べられないほど威力がある。
その気になれば、世界全体の時間を永遠に止めることが可能だ。
この術に降りかかる<業>は術者の身も魂を無にしてしまうと言われている。
そして、「反魂の術」はイオの言うように、死者を術者の命と引き換えに甦す術だ。
この術が禁呪の中の禁呪と呼ばれているのは、術者にも甦った者にも<業>が降りかかるからだ。
術者は輪廻転生の理からはずされて、黄泉の国にも行けず、永遠にこの世を彷徨うと言われている。
そして、復活した者は驚異的な再生力を持つ<不死人>になってしまうのだ。
「それを受けてたなんて〜」
リムノスがポツリと呟く。
随分前、アークがセナに告げられた後、
リムノス達聖獣達もそのことについてはアークやセナから告げられていた。
故に、聖獣達も「禁呪」を知っているのだ。
その時、セマがセラに「反魂の術」を使わなかったのかと、話になった事がある。
気が動転していたとか、色々とあったが、セナは
「姉妹の中でセマは一番姉思いだった。
自分の夢を守るためにあの子のしたことは、やり方は間違っていたかもしれない。
いいえ、もしかすると間違ってはいないのかもしれない。
自分の夢を叶える行為としては。
けど、その術を使えば、セラが必ず苦しむのは必然。
姉を苦しませたくない思いが留まらせたのかも知れないわ」
と、悲し気な瞳で言っていた。
姉妹仲良く暮らす事を夢見た3姉妹。
1人は諦め、1人は迷いながらもそう願い、1人は道を間違えようとも願い続けた。
いつだったか、セナはアーク達に言っていた。
妹達の死、妹達の行いの報い。
これは妹を捨てた自分への<業>だと。
セナは今も妹達のすべての<業>を背負って生きている。
この大陸の中心・天の国で・・・。
「でもそうなると、どうゆう事?」
リムノスは首を傾げる。
「イオ。お前の話にはまだ続きがあるんだろう?セリアを泉と呼んだ理由が」
「そうです。まだ、続きはあります」
イオはアークに背を向けて、青空を見上げる。
「僕が術のおかげで、一週間も眠っていて、気が付いた時、すべては終わっていました。
その時、僕の側には泉さんがいました」
青空の中、遥か昔の話は続いた。
術の効力で一週間も眠ってたイオが目覚めた時、国から離れた場所にイオはいた。
そして、すぐ側に泉がいた。
元々、巫女の座に興味がなく、自分よりもイオの妹が巫女の座に相応しいと感じていた泉は、
妹が倒れた後、妹の遺体と共にイオを<瞬間移動の術>にて、ここまで運んでくれたのだった。
あのままでは、妹の遺体は粗末に扱われるのが見えていたし、イオが辛い目に合うのも分かっていた。
だから、こうしてイオ達を国から離れた所まで運んでくれたのだ。
イオが「こんなことしたら、君もただでもすまない」と言うと、泉は笑って、
「巫女の座もあのようの国も私はいりません。気が掛かりは家族のことだけ」と言った。
もとより、双児とはとても親しく、幼なじみでもある泉。
家族を捨ててまで、双児と共に来てくれた。イオには申し訳なかった。
その上、イオが眠りに付いている間に、妹の墓所を決めたり、略式ながらも葬儀もしてくれていた。
イオがそこまでしてくれることや申し訳ない事を言うと、泉は、
「双児は光と闇に別れ、力を二分する者と言われている。太陽と月の女神のように。
けれど、私には分かる。あなた達は両方とも光であり闇でもある。
普通の人と変わらぬ。私にはそれが分かる。
けれど、それよりもあなた達は巫女の館に住み着く人の姿をした悪鬼どもよりも、
私の周りを取り巻く人たちよりも、好きだから助けたのだ」
と、微笑みながら言った。
それがイオにはとても嬉しく思えた。
いつか、彼女にこの恩を返したいと思っていた。
けれど、それが叶わず2人は別れた。
イオや泉を追って、国の者達が近くまで来ていたのだ。
イオと泉は別れたが、その後泉が逃げうせたとも、国に連れ戻されたと言う事も聞かなった。
「僕はその後、世界を放浪しました。
長い年月の中で、僕は<不死人>としての悲しみや苦しみを知りました。
人をやめ、獣となった時もありました」
<その頃だったんッスね。先代緑鳥戦士マーク様と会ったのは>
目を細めて、アルクトゥールスは懐かしそうに言った。
「マークさんに会ったおかげで、僕は人に戻れたんだ」
「そうか」
(前の緑鳥戦士の言葉が、こうして2代目の私の所に来るとは・・・)
アークは一瞬だけ微笑んだ。
「そしてセリアと名を変え、立派な大人になっていた泉さんと再会したのは、
今から60年も前のことでした」
「3千年も前に別れた人と今から60年も前に再会?どういうこと?」
リムノスが首を傾げる。
しかし、アークは理解しているようで、イオに確認するかのように尋ねた。
「三大禁呪の最後の1つ<時越の術>を使ったんだな」
イオはうなずき、「そうです」と答えた。
「やっぱりな」
アークはリムノスから、イオがセリアの幽霊を泉と呼んでいた話を聞いて以来何となく予測していたことだった。
「あっ、なるほど」
リムノスもポンッと羽を打つ。
<そう言うことだったんッスか>
アルクトゥールスもここまでは知らなかったようだ。
<禁呪>の最後の1つは「時越の術」と言われ、術者のみが時間を移動する魔法の事だ。
だたし、未来に行くか過去に行くかは術者も分らず、今でない時代に行くことだけらしい。
そして、時を越えた者の<業>は未来を見ることができるようになるらしい。
「泉さん、いやセリアさんは追っ手から逃れるため、国に戻らないために、
争いの元になった罪深さから、「時越の術」を使ったと言っていました」
「でも、それが新たな争いの元になったしまった訳か」
「そうですね。でも再開した時のセリアさんは、もう逃げないと言っていました。
逃げたから、過去でも未来でも争いを起こしている。
だから、今度は逃げずに、この戦いをできるだけ早く終わらせたいと言っていました」
イオは振り返って、アークの方に向き直った。
「再会した時に、これから先どうなるか僕に話してくれました。
娘さん達の事、受け継がれる血には未来を見る力備わり、
血が絶えぬ限り、決して<業>からは逃れられぬ事。
そして、アークさんの事を」
「私の事?」
「はい。もし、その人と会えたら、その人を助けてあげてくれと」
「それって、アークとイオが会うのを知ってたみたいだね」
「そうだな」
「少なくとも、<不老不死>になることは知ってたみたいですよ」
それを聞いてアークは深いため息を付いた。
「なんだか、セリアの手の上で操られていた気分がする・・・」
<確かに>
リムノスもアルクトゥールスもため息をついた。
「でも、セリアさんに分るのは結果だけ。未来だけ分るのも辛いはずです。
それにセリアさんはこうも言ってました。
<神の巫女>の力は、常に争いの元となり、使い方次第では世界を滅ぼしかねない力だからこそ、
未来を見えると言う<業>はなくてはならない物かもしれませんともいってましたから」
「そうかもな」
アークは少し考えてからそう答えた。
<未来を見るのはセリアだけの<業>ではなく、子孫が道を外さないための<業>でもあるんッスね>
アルクトゥールスの言葉に誰も答えなかった。
皆分かっているからだ。
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