ル・ファーラー悠久物語

13.遥か古の時代に生まれし者へ戻る

――14.終わりと新しい始まり――
 
「行っちゃったわね」
アーク達が旅立った方向を見ながら、ティマがポツリと呟いた。
「そうだね」
隣でイオが寂し気に答えた。
「もう少しゆっくりして行けば良かったのに」
「そうだね」
ティマはイオを見下ろした。
口数も少なく、あまり元気がない。
明らかに思い悩んでいる様子だ。
「いいの?」
「えっ?」
「これでいいの?」
イオがティマの顔を見ると、彼女は真剣な眼差しでイオを見下ろしていた。
「なにが?」
「これで本当にいいのかと聞いているの?」
「・・・・」
「イオ。本当はあの人達と一緒に行きたかったんじゃないの?」
「義姉さん・・・」
「半年間、あなたの姉をしていたんですからね。それに、イオには嘘は似合わないわ」
「でも・・・」
「私はもう大丈夫よ。それに、誰にだって別れはあるわ。 でも、別れの後には必ず出会いがある。私が本当の弟を亡くした時、あなたが現れたようにね」
ティマは優しい瞳でイオを見ている。
その瞳にイオはとても泣きそうな気分になった。
「義姉さん・・・」
「イオ。私は本当に感謝しているわ。これからもずっと側にいてほしい」
「だったら・・・」
「でもそれは無理。あなたにはやらなくちゃ行けない事があるし、 あなたは新しい自分の居場所を見つけてしまったから」
ティマはまだ、迷っているイオを胸に抱き締めてやった。
「義姉さん・・・・」
「私は大丈夫だから、行きなさい。この世界の何処かで彷徨っている自分の妹を探しにね」

半年前。弟が病死した時、突然、ティマの前に現れた男の子。
異常なまでの再生力を持った子だった。
でも、それをティマには隠そうとせず、時には明るく笑って、時には一緒に悲しんでくれた不思議な子。
ティマの本気に言った訳でもないのに、弟にもなってくれた。
でもそれは後悔していない。
一緒にいてとても楽しかったからだ。
でも、いつか別れが来る。
そんな予感はしていた。
イオがティマの前に現れた日。
その時聞いた告白以来。
ずっと、いつかこんな日が来ると。
ティマの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
「だから、行きなさい。あなたの好きなようにしなさい。後悔しないように」
「義姉さん・・・。僕は・・・」

<すまないッス>
街道を歩くアークにアルクトゥールスが突然謝った。
「何が?」
<イオ君の事ッス。黙っていてすまないッス>
「気にするな。まぁ、どのみち聞いたところで信じていないだろうしな」
「それは言えてるね」
アークの肩の上でリムノスが当然の様にうなずいた。
「でも、これで良かったのかな」
「何が?」
「てっきり、イオも仲間になると思っていたのに」
アークはそれを聞いて一瞬表情を崩したが、 すぐにいつもの無愛想な顔に戻って、
「それは、あいつが決める事だ」
と、冷たく言い放った。
リムノスとアルクトゥールスは心の中で密かに「素直じゃないな」と思った。
(イオか・・・・)
アークはこの街であった事を思い出し始めた。
不死の少年との出会いから始まった、今回の事件。
わずか十日ほどの滞在であったのに、色々なことが起こった。
こんなことにはよく巻き込まれるが、その後のアークの気分はいつもと違っていた。
いつもなら、絶望的な気分だが、今回はどこか晴れやかですっきりした気分だ。
また、この街を訪れようと思えるのだ。
そんな気になれるのだ。
そしてこんな気になれたのも、随分と久しぶりとも思えた。
アークは、ふと、昔の事を思い出した。
こんな気になれた日の事を。

振り返ると朝靄の中に城が見えた。
アークが生まれ育った所だ。
アークはその日、旅立とうとしていた。
義妹にも告げず、すべてを捨てて。
17歳の時にすべての物を捨てた同然のアークだったから、 今さら捨てるような物はないに等しかった。
アークは城を見ると、すぐに向き直って先に進んだが、その足はすぐに止まった。
行く手に人影が見えたからだ。
よくよく見ると、その人影は アークが王宮にいた頃、後ろ楯となってくれた人物で、 「老将軍」と称されるモーヴィルであった。
「モーヴィル・・・」
「旅に出られるのですね」
モーヴィルの問い掛けにアークはうなづいた。
「そうではないかと思っていましたが、何もこの国を出て行く必要はありません」
「分かってる。でも、もうここにはいられないんだ」
モーヴィルはため息を一つつくと、
「こちらとて分かってはいます。あなた様がどうして出て行かれるかを」
と、アークに告げた。
「されど、妹姫様に何も告げずに行かれるのですか?あなた様が突然いなくなれば、大騒ぎしますよ」
「あいつも、もういい大人だ。いつかは分かってくれるさ」
モーヴィルは深いため息をついた。
「そうですね。今は分からずとも、いつかはアーク様の旅立ちを理解してくれるでしょう。 これからどうするのか、どうしたらいいのか。この旅立ちがそれらを探し出すためだと言う事を」
「・・・こうして待ち伏せているだけじゃなく、そこまで読まれてるとは」
アークはモーヴィルの読みに感服した。
「だてに10年以上もあなた様のお守はしていませんからね」
モーヴィルはアークに笑顔を見せた。

「ただ1つだけ、申し上げて置きたかったのです。 ここは、あなた様の故郷。何十年、何百年経とうがそれは変わりません。 例え何かが変わっても、心に残る思い出だけは永遠に変わりません」
「モーヴィル」
「それを決してお忘れなく」
「分かった」
アークはそう一言だけ答えると、モーヴィルの脇をすり抜けて歩き始めた。
「アーク様」
数メートル行った所でモーヴィルがアークを呼び止めた。
アークは立ち止まり振り返ると、モーヴィルの姿が朝靄に霞んで見えた。
「探し物が見つかったら、その時はここへ戻って来い。 俺はここでいつでも待っている、と兄王様からの伝言です。 王も私もあなた様がいつか帰ってくる事をお待ちしています」
「あいつ・・・」
アークは義兄の顔を思い浮かべた。
そして、改めてモーヴィルの顔を見ると、
「モーヴィル。ありがとう」
と、一言礼を述べて、見果てぬ旅へと旅立った。

(すっかり忘れてたな)
国を出てから20年近く。
この呪を解く方法を探していたが、知ったのは孤独と悲しみ。
何があろうと決して死ぬ事ない、永遠に生き続ける身だと知っただけ。
けど。
「帰ってみるか」
アークはポツリと呟いた。
「えっ?」
「源の国へ帰ってみるか」
その言葉を聞いた一羽と一振りは目を見合わせて、
「そうしよう。久し振りに帰ろう」
<それがいいッスね>
と、明るく答えた。
(答えはまだ見つかってはいないが、あいつらも許してくれるよな。 探し物が見つかった訳ではないが、これが自分が探している物かもしれないな)
アークは微笑みながらそう思った。
まだはっきりとした形にも答えにもなってないが、 アークは今回の事で何かを感じ取っていたことだけははっきりしていた。

アークは暖かい日射しの中、街道を歩きながら笑みを浮かべた。
暖かい日射しの中、街道を南へ行くアークの耳に、突然聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「アークさぁ〜ん」
「この声は」
リムノスの顔がパァと明るくなる。
アークが振り向くと街の方から、金色の髪の少年が駆け寄ってきた。
「イオ」
「やっと、追いついた」
ここまで全力疾走して来たためか、息が上がっている。
「どうして、ここに?」
アークが声を荒げて尋ねてきた。
「僕も仲間に入れてほしくて」
「何だって」
「大丈夫ですよ。義姉さんにはちゃんと言ってありますから」
「そう言う問題じゃなくて」
「やった〜。イオ、仲間になってくれるんだ」
<これはいいッスね>
リムノスとアルクトゥールスは主の意志を全く無視して喜んでいる。
「これからよろしく。リムノス、ナーガル」
「よろくね、イオ」
その上、勝手に話しを進めている。
アークはそれを見て、大きなため息をつくと、
「まっ、いいか」
と、小さく一言だけ呟いた。

例え、それが間違っていることだとしても。
けれど、その人は教えてくれた。
脇を見れば、出口があることを。
抜け出せないループの出口がそこにあることを。
そして、今までとは違う何かが見えることを。
生きる意味も価値も分からないが、今を精一杯生きていることに無駄はない。
自分の心に正直に生きていればいい。
後悔するのは当たり前だから。
だから、自分の心に正直に。
今を精一杯生きて、自分を誇れるようにと--。


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