――ル・ファーラ−歴2358年、湖の国――
静かな森にリュートの弦の音と透き通る様な歌声が響いた。
その音はとても不思議で、その森の隅々まではっきりと聞こえていた。
森に住む動物達は耳を澄まし、その美しい音色に聞き入っている。
中には、その音の元へやって来て、その音色に聞き惚れている者も入る。
リュートを奏でる詩人はそのようなことは一切気にせず、ただ楽を奏で、歌うのみ。
その音を奏でているのは、一人の青年。
歳は20歳前後。中肉中背。真っ白なローブで顔はハッキリとは分からないが、なかなかの美青年だ。
その透き通った声は、吟遊詩人の美しさを際立てている。
そんな中に唯一、人間の客が来たのは、歌が終わりの頃だった。
音に引かれて来たかのように、一人の客は森のさらに奥から現れた。
歳は19ぐらいのだろう。
ポニーテールにした夜の闇のような黒髪をなびかせた女性である。
双方の瞳は夜空に輝く青い星のように輝いている。
青いマントや服がよく似合い、腰には一振りの剣が納められている。
客人は詩人の姿を確認すると、邪魔にならないように静かに歩み寄った。
詩人の方はそんなことはお構いなしに歌を続ける。
しばらくすると、詩人はリュートを奏でる手を止め、歌を唄い終えた。
客人は拍手をし、詩人に話し掛けた。
「綺麗な歌ね。思わず聞き惚れたわ」
詩人は顔を上げて、客人の顔を見、礼を述べた。
「ありがとうございます。旅のお嬢さん」
客人はにっこりと微笑んだ。
その間に集まっていた動物たちは、次々と森の自分の住処へと戻って行った。
「今の『百年戦争』の<悲劇の英雄>セラの歌でしょう?」
「その通りです。わずかしか聞いてないのによく分かりましたね」
客人は曖昧に笑って見せた。
「でも、こんな森の中で吟遊詩人に会うとは驚きだわ」
「僕は街より森で唄う方が好きなもので」
「珍しい人ね」
「世の中そういう人もいますよ」
「そうね」
客人は理解しているかの様に笑って見せた。
「でも、そんな森のさらに奥から現れるあなたはさぞ名のある方なのでしょう?」
「そうでもないわ。ただの放浪好き」
「そうですか。でもそのお年で放浪好きとは、変わったお嬢さんだ」
「そのお嬢さんはやめてくれない。一応、こう見えても結婚はしたし、見かけ以上に歳は食ってるから」
「それは失礼」
詩人は深々と頭を下げた。
「そこまでしなくていいわよ。ただ、人間より寿命が長いだけだから」
「寿命が長い?」
詩人は疑問を持ち、改めて彼女を見る。
彼女の外見は普通の人間となんら変わりはない。
エルフのように、とんがった耳もない。
「ユウキ。星の国の星龍ユウキ・昂・ワーヴィル。これが私の名前」
「これはこれは。250年前の邪龍大乱の時の英雄の一人ではありませんか。
おまけに、『百年戦争』の<悲劇の英雄>セラと二代目緑鳥戦士アークの友人でもありましたね」
「御名答」
「あなたの名を知らぬ者はこの世界におりませんからね」
「それは大袈裟な表現だけど。でも、本名言っても信用したのはあなたくらいだわ」
「それは光栄です」
ユウキは彼の態度に諦めたのか、小さくため息をついた。
「そうそう、僕は風の国の吟遊詩人イールと言います」
「イール?伝承の神と同じ名前ね」
「そうなんです。親は吟遊詩人になさるつもりはなかったんですがね」
イールは笑いながらそう話した。
「お近づきの印に何か唄いましょうか?」
「本当なら断わるとこだけど、イールの歌に惚れたから、もう一度聞きたいわ」
イールはリュートを持ち直すと、ユウキに尋ねた。
「では、聞きたい歌でもありますか?なんでしたら、邪龍大乱でも唄いましょうか?」
「遠慮するわ。どうせなら、私が死んでから墓前でやって欲しいわ」
「一体、何千年後の話になるのやら」とイールは思ったが、
口には出さず、「そうですね」とだけ答えた。
「イールの得意なのでも聞かせて」
「分かりました」
イールは少し微笑んでから、リュートを奏で始めた。
ユウキはイールの正面に座ると、瞳を閉じてその歌を聞き始めた。
イールの口から透明な歌声が森に響き渡った。
ユウキはその歌が友人であるアークの物だと分かり、面白気に微笑んだ。
そして、友人の顔を思い出しながら、思いにふけった。
(そういえば、今頃、何処で何してるのだろう?
戦争の後、50年ばかり会わなかったけど、可愛い彼氏まで作ってたからな。
今度は、子供でも作ってたり)
この事を聞いたら、アークはさぞ冷たい言葉を言うだろうが、冗談である事位は分かるだろう。
お互い旅の身とは言え、かるく300年の付き合いだ。
(でも、ホント、イオ君を連れてたのには驚いたわね。まさか、あんな事になろうとは)
ちなみに驚いたことには、アークが可愛い少年を連れていた事やイオの素性の事が含まれている。
(でも、お互い旅先で会うのが、なんともいいような悪いよう気もするな。
こんな事聞いたら、アークに「だったら放浪癖直せ」と言われるわね)
ユウキは1人苦笑した。
(今度はいつ何処で再開するかな)
ユウキは次の再開を楽しみにしながら、イールの歌を静かに聞いていた。
「百歳(ひゃくとせ)に渡る戦が終わり、
この大地に平和が戻り、
二十歳の月日流れし。
平和ヘと導かし緑鳥戦士、
神の巫女に導かれ出会いし、
同じ宿命を持つ少年と共に、
西の地に現れん――」
イールの歌声が森に響き渡った。
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