ル・ファーラー悠久物語

1.頼み事へ戻る

――2.喪(うしな)いし者――
 
アーク達が街に着いた時には、すっかり夜になっていた。
イオは「拾い物のお礼だけじゃ割に合わない」と言い張り、断わるアークを家に
招待することにこぎつけた。
イオの家を目指し、静かな街を2人並んで歩いていると、イオが突然言い出した。
「アークさんって、どこの出身ですか?」
「源の国だが、なぜ急に?」
「アークさん、口調や左目の傷、ただ者じゃないなぁって思って。
もしかして、騎士だったんでは?」
アークは悲し気な表情をする。
「いや、そんな立派なものじゃない。私はただの旅人。大切な奴1人も守れない奴さ」
その表情はひどく悲しく、幾度も傷付いてきた感じだった。
イオはそれに気が付かないふりをしながら、明るく振る舞った。
「でも、源の国か。確か二代目緑鳥戦士の故郷でもありましたよね」
彼女はしばらく間を置いてから静かに答えた。
「そうだな」
ガッシャーン
突然、静かな夜の街にガラスの割れる音が響いた。

2人が見ると、少し先の家の窓ガラスが割れていることに気がついた。
「夫婦ゲンカか?」
呑気にしているアークとは逆にイオは真剣な眼差しをする。
「いえ、あそこは」
バァン!!とドアが開け放たれ、年の若い娘が外に転がり出てきた。
よくよく見れば、体にいくつもの切り傷を負い、全身震え上がっている。
アークもイオもただ事じゃないことはすぐに分った。
「大丈夫ですか?」
イオはすぐ様、娘に近付き労る。
「た・・・助け・・て・・」
娘は血まみれになった手でイオの服を掴んだ。
「今すぐに手当てしますから」
突然、アークの身体に危険信号が鳴った。
「イオ!そこを離れろ!!」
アークの鍛えられた感覚が動く。
イオが「えっ?」と顔を上げると、1人の男が目の前に立っていた。
月明かりの中、手に持った剣がキラリと光る。
アークの体が意識よりも先に動く。
振り下ろされる剣。
キンッ
金属同士がぶつかる音が聞こえた。

剣と剣がぶつかり合う。
「アークさん!!」
アークの剣が男の剣を受け止めていた。
「イオ。その人を連れて逃げろ」
「はっ、はいっ」
イオは娘に手を貸して立たせてやると、フラフラとその場を離れた。
アークは2人がこの場を離れたことを確認すると、力を抜いて男の剣を受け流す。
そしてそのまま後ろへ周り込むと、柄の部分を使って男を気絶させた。
男の体が地面に倒れ、起き上がらないことを確認すると、アークは安堵のため息を
ついた。
周りで一部始終を見ていた者達の間にも安堵の声が洩れる。
「早く医者を」
剣を収めながらアークが言うと、人々が動き始めた。
医者を呼びに行く者。
娘の手当てをする者。
掃除道具を持って来る者。
周囲は騒がしくなった。
「しかし、こいつは一体」
倒れた男を見下ろしながらアークが呟くと、
「ルディだよ」
と、街の男が教えてくれた。
「ルディ?」
「ああっ。最近ラヴァティの花の毒にやられた奴さ」
「ラヴァティの花に?」

「ああっ。ここ数日は幻を見るようになっていて、妹さんが苦労していたよ」
(そう言えば中毒状態が続くと幻を見るって聞いたことあったな。それよりも、
ラヴァティの花の事が街の人間に知れ渡っているとは)
男が驚いた表情でアークに話し掛けた。
「それにしても、あんた、凄い腕の持ち主だね」
「そうか?」
「街の自警団1の剣の腕の持ち主ルディを倒すとは」
「中毒症状で実力が出なかっただけだろう」
男は言葉を濁らせた。
「それはそうかもしれないが」
アークの耳に女達の話声が入ってきた。
「そう言えば、もう1人の妹さんは」
「そういえばいませんね」
(もう1人の妹?)
「家の中にいるんじゃないのか」
(まさか・・・!!)
アークの頭に嫌な予感が浮かんだ。
「僕、見てきます」
イオの声が聞こえるよりも速く、アークはルディの家の中に飛び込んでいた。

家の中はメチャクチャだった。
壊れた椅子や食器類などが床に散らばっていた。
剣を持って暴れ回ったことが分かる。
「これだけ暴れ回って、誰も気が付かなかったのか?」
後から入ってきたイオが答える。
「ここのところ毎日暴れていましたから」
「最近、毎日暴れていましたから、誰も止めようとはしなかったはずです」
「全く」
アークは舌打ちをした。
上は寝室だった様だが、ここも1階同様メチャクチャになっていた。
アークは1階を他の者に任せて、自分とイオは2階へと上がった。
たいして広くない家だ。捜索に時間はかからないだろう。
2人は手短なドアを開け、部屋の中を捜す。
「アークさん。そちらにいますか?」
イオは捜し終えた部屋のドアを閉めながら尋ねる。
けど、アークはドアの前に立ち尽したまま。
疑問に思ったイオがアークに近付こうした。
「来るな!!」
アークの厳しい声がイオを制する。
「来るんじゃない・・・」
アークは部屋の中を見たまま動かない。
イオは開け放たれたドアの向こうに流れる赤き絨毯を見た。
「まさか・・・」
イオは信じれないと言った表情をした。
アークの開けた部屋は血の海になっていた。

アークがその部屋に入ると、そこは血の海だった。
その部屋に倒れているのは、鎧を着た兵士達だ。
その数およそ数十。
皆体に深い傷を負い、即死に近かった。
その光景にさすがのアークも、部屋の前で足を止め、息を飲んだ。
次の瞬間、アークの耳に何か鈍い音―何かが突き刺さる音が入って来た。
すぐさま正面を見ると、床から突き出た氷槍がセラの体を貫いた光景が
アークの瞳に飛び込んで来た。
槍はセラの鎧をもろともせず確実に、その体を確実に貫いていた。
カランとセラの手から魔法剣が乾いた音をたてて床に落ちる。
「セラ・・・」
冷酷に笑うセマ。
その光景にアークはしばし呆然とした。
「セラー!!」
アークの声が部屋中に響いた。
ガバッとアークはベットの上で上半身を起こした。
窓から朝日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
さわやかで平和な朝だ。
アークは手で顔を被うと、
「また、あの夢だ・・・」
と、途切れそうなくらいの小さな声で言った。

「アークさん」
アークが治療院(病院)の入り口に立っていると、内からティマがやってきた。
白い法衣を着た24歳の女性だ。肩まで伸ばした亜麻色の髪が風に振れる。
双方の瞳はイオと同じ空色だ。
「すみません。お待たせしまして」
ティマは深々と頭を下げる。
「いや、私も今来たところだ」
「このような所で、立ち話もなんですし、とりあえず、広場のほうにでもいきましょう」
2人は並んで歩き始めた。
道を子供達が駆けて行く。
窓は開け放たれ、暖かな光を取り込もうとしている。
よく晴れた空。雲一つ見えない。

「昨夜はすみませんでした。ちゃんとした挨拶も出来ずに」
「いや、あの騒ぎだ。薬師とはいえ大変だっただろう」
「わたしがいけないのですわ。もっと、別の手を考えておけばこのようなことには・・・」
「ティマ」
ティマの悲しげな表情に、アークの心が痛んだ。
「あの娘さんは?」
「命は取り止めましたが、精神的なショックが大きく・・・」
「そうか」
「街に着くなりあのようなことになってしまって、申し訳ありません」
ティマは再び頭を深々と下げた。
「いやこういうことにはなれている。これで、ラヴァティの花が必要になったな」
アークがため息混じりに言うと、
「そうですね。まだルディさんの他にも、十数名おりますから」
と、ティマが静かに答えた。
「まだいるのか」
そのアークの顔に驚きはなく、「やっぱり」といった感じだ。
まあ、ある程度予想はしていたのだろう。

「聞いてもいいか?」
アークが真剣な眼差しでティマに問う。
「どうぞ」
「何故、そんなに中毒者がいるんだ?
そして、魔物の巣の中にラヴァティの花があることを知っている?」
「御存じかと思いますが、ラヴァティの花の毒素は花粉にあります。
けれど、そのままでは毒としての効果は発揮できません。 それなりの技術がないと毒薬製造は不可能です。
そしてその毒は慢性でしばらく時間が経たないと症状が現れないのが最大の特徴です」
ラヴァティの花が厄介なのは毒の強さと慢性さにあるとラドルも言っていた。
「花の花粉が毒素は言った通りそのままでは全く効果がありません。
だから、花粉が風に乗って来て、 空気と一緒に花粉を吸うことで毒に犯されると言うことはあり得ないのです」
「そうなると、誰かが飲ませたまたは自分で飲んだことになる。
でも誰かが飲ませたのなら、一体何処の誰が何のために飲ませたのか?
また、自ら飲んだのなら、一体何処で手に入れたのかが問題となるいうわけだな」
アークの言葉にティマは大きくうなづいた。

「はっきりとはしていないのですが、みなさん1つだけ共通点があるのです」
「1つだけ」
「それが・・・」
ティマはそこまで言い掛けて、口を閉じた。
気が付くと2人は大きな噴水のある広場に着いていた。
噴水の周りでは子ども達が遊び、大人達が語り合っている。
小さな屋台も出ていて賑やかである。
2人は噴水の淵に腰掛けた。
「で、続きは?」
「クシュナです」
ティマの口から1人の人物の名が出て来た。
「クシュナ?」
「つい二ヶ月程前にこの街にやって来た占師です」
ティマはそう言いながら、広場の片隅を指さした。
見るとそこだけ人がたくさん集まっている。
どうやら、あそこにクシュナがいるのだろう。
「よく当たると評判なんです」
人の多さを見れば一目瞭然。
「特に厄に関しては」
そこまで聞いてアークはピンッと来た。
「もしかして」
「ルディさんを含めた中毒者全員がクシュナの占ってもらっているんです」
「そうなのか?」
「ええっ。でも、街のほとんどの方がクシュナに占ってもらってもらっています」
よく当たると評判なら、誰もが1度は占ってもらっていてもおかしくはない。
未来を知ることができれるほど、いいことはない。
「ですから、これだけでは証拠にもなりません」
確かに行ったことの事実だけである。証拠には程遠い。
「でも、あの方は人間じゃない感じがするんです」

「人間じゃない?」
「それは私の考えに過ぎませんけど」
「何故、そう思うんだ?」
「私も1度、占ってもらったことがあるんです。
その時の雰囲気というか感じが普通じゃなかったんです」
ティマは聖職者。なにかしら、感じたのだろう。
「そうか」
アークは昨夜の事を思い出した。
ルディと言う男の目。
まるで、操られていたかのようだった。
無論、毒のせいもあるだろう。
でも、アークにはそれだけじゃないような気がしてならなかった。
「2つめの質問なんですけど、それは私の父が、昔偶然にガーナの湖で見つけたのです。
それを、父が亡くなる前に私に教えてくれたのです」
「そうか。採るにしろ採らないにしろ、1度確認しておいた方がいいな」
「そうですね。で、御相談ですけど」
ティマはニコッと明るい笑顔を浮かべた。
「ルディさんがあの様なことになってしまわれたので、他の方も何を起こすか分かりません。
ルディさん自身も隔離してはいますが、何を起こすか・・・。ですから」
「行けないって事だろう」
アークはやっぱりと言った感じの顔をした。
「そうです」
「いつ何が起こるか分からんからな。法力を持つあなたがここを離れるのは危険だからな」
「すみません」
ティマは深々と頭を下げた。
「いや、謝ることはない。仕方ないことだ。ただ、詳しいことを教えてもらわないと」
「その点は大丈夫ですわ。イオがお付けしますから」
「イオぉ?」
アークはティマの提案に驚いた。
「ええ。あの子、ああ見えても、薬草は私より詳しいし、逃げ足と身の軽さは天下一品ですから」
「だからって、弟を魔物の巣の中に放り込むか、普通?」
と、アークが言おうとした時、
「こんにちは」
突然、2人の前に1人の女性が立っていた。
「クシュナさん」
ティマが驚いた表情で呟いた。

(こいつがクシュナ)
アークは目の前に立つ女性を見た。
褐色の肌、腰まで伸びた緑なる黒髪。20歳位の妖艶な美女。
これなら男が夢中になるだろう。
金の腕輪を付けた手には透明な水晶が置かれている。
「なに驚かれていらっしゃるのかしら、ティマさん」
クシュナはにっこりと笑う。
笑うと花のごとしとは、このことだ。
(こいつ、気配が全く感じられなかった)
「お仕事中ではなかったのでは?」
「いつものようにたくさんの方いらっしゃっていますわ」
クシュナは笑顔を崩さずに、立ち上がったティマと話しをしている。
「ただ」
クシュナは真剣な眼差しになると、声色をかえて言った。
「ただ?」
「占いをしていたら、不吉な影が出たので」
「不吉な影?」
 アークは無表情のままだが、ティマはすぐに顔色を変えた。
「そうそれもあなたにね」
クシュナはスッと細い指でアークを指差した。
「あなた、死相が出ていますわ」
クシュナはアークにそう告げた。
アークは驚くどころか、表情一つ変えない。
「死相?悪いが、それはハズレるな。私は死神ですら裸足で逃げる様な人間だからな」
と、不敵な笑いすら浮かべる始末。
「そうでしょうか?今度だけはそうもいきませんかもよ」
クシュナも不敵な笑みを浮かべる。
「随分な自信だな」
「わたくしの占いは絶対ですから。信じるにしろ信じないにしろ、お気を付けることですね」
クシュナはそれだけ告げると、ふわっと髪をなびかせてながら去って行った。
甘いいい匂いが漂う。
「アークさん?」
ティマが心配そうに声を掛けた。
「大丈夫。占い信じない性格だから、当たりはしないさ」
アークは笑顔で答えた。
(そう言う問題なのかしら・・・)
ティマは心の中で呟いた。


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