ル・ファーラー悠久物語

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――3.予言と運命(さだめ)、そして叶わぬ願い――
 
突如、魔物が2人の行く手を塞いだ。
ザシュ
剣が振り下ろされ、魔物の体を真っ二つにする。
イオはそれを見て感嘆の声を上げた。
「すばやい・・・・さすがは旅の剣士」
「それよりも、こっちでいいんだな」
剣を振って血を落としながらアークが尋ねた。
「はいっ。ほとんど一本道ですから迷うこともありません。
しばらく行くと、古い教会がありますから、今日はそこで休みましょう」
ティマにもらった小さな地図で確認しながらイオが答えた。
ティマの話だと、ガーナの湖まではおよそ1日かかるらしい。
「教会があるのか?」
イオの隣を歩きながら、ラドルが尋ねた。
「ええ。でもかなり古い物らしいですけどね」
「でも、屋根があるところで寝られるんだからいいじゃない」
リムノスがアークの肩の上で騒ぐ。
「まっ、とりあえずはそこを目指せばいいんだな」
アークは先頭に立って足場の悪い山道を歩く。
イオも遅れずにアークの後をついて来る。
街を出て、半日となるが、イオはそれ程疲れた様子を見せていない。
(思ったより体力があるようだ)
と、アークは思った。

「アーク、沢があるよ」
1番前を飛んでいたリムノスがいつの間にやら舞い戻っている。
「ねぇ、休憩しようよう、アーク」
「さっきしただろう」
「やぁ〜疲れた〜」
「人の肩に乗っているだけのくせに」
「これでも結構疲れるんだからね〜」
「なら飛べ」
「もっと疲れる〜」
「じゃあ、歩け」
「さらに疲れる〜」
「いつもああなんですか?」
イオが半ば呆れながら、ラドルに尋ねた。
ラドルは深いため息を付くと、
「いつもの事だ」
と、答えた。
「はぁ」
イオもため息を付く。
アークはくるりと後ろを振り向くと、
「イオ。お前は大丈夫か?」
と、突然尋ねてきた。
「えっ?」
「えっじゃない。疲れてないかと聞いているんだ?」
その口調はどこか不機嫌そうだった。
「いっ・・・いいえ。大丈夫です」
「そうか。いいか、疲れたら言えよ」
アークは厳しく言い放つと、スタスタと先へと行ってしまう。
イオが急ぎ足で追い駆けるなか、ラドルが突然謝った。
「すまんな、イオ」
「何がです?」
「あんな物の言い方しかできんが、あれあれで心配しているんだ」
「何となくですけど、分かっていますよ」
ラドルの真に申し訳なさそうな表情にイオはにっこりと笑顔で答えた。
「?」
「アークさん、大切な人を失っているんじゃないんですか?」
ラドルの表情が真剣な眼差しに変わる。
「なぜ分かる?」
「なんとなくです」
(驚いたな。こんな子供にそんなことが分かるとは、いや、子供だからなのかもしれん・・・)
「辛い事が合ったんですね」
「あぁ」
「ラドルさんはアークさんと付き合いが長いみたいですね」
「そうだが」
「いいですね」
「?」
「共にいられるなんて」
 イオはふと寂し気な表情をした。
「年が離れているとは言え、姉上がいるではないか」
「あれ?聞いてませんか?」
「何をだ?」
「僕と義姉さん、血の繋がりはないんです」

「血の繋がりがない?」
「はい。半年前に僕が義姉さんの所に転がり込んだんです」
イオはニコニコした顔で話す。
「転がり込んだ・・・?」
それとは逆に驚かずにはいられないラドルであった。
「はい。僕は白の国の生まれなんです。母と双児の妹がいたんですけど、亡くしましてね。 それで流れに流れて今の所に」
ラドルはそれを聞いて唖然とした。
魔物がうごめくこの世界。
街から一歩外に出れば、そこは魔物の巣。 いくら隣国とはいえ、何も能力(力)を持たぬ少年が一人で歩くには危険すぎる。
20年前に終結したとは言え、戦乱の傷跡はまだそこらじゅうにある時代。
治安も決して良くはない。
身寄りも頼る人もいそうもない者は、生きていく故に辿り着くとしたら、 盗賊もしくは孤児として施設に行くのが普通だろう。
受け入れてくれる者がいれば、今この目の前にいる少年の様になる者もいるだろう。
強い奴だとラドルは思った。
「お前変わっているな」
ラドルは笑って見せた。
「そうでしょう」
「自分で言う事ではないと思うんだが」
「でも本当の事だから。『大好きな人とずっと一緒にいたい』これが僕の望みですから」
「『大好きな人とずっと一緒にいたい』か。変わった望みだな」
「だから変なんですよ」
イオは笑顔で答えた。
(本当に不思議な少年だ)
ラドルはそれ以上の事は聞かない事にした。

ふと、周囲に不穏な空気が流れた。
アークもラドルも立ち止まる。
リムノスはアークの肩の上で周囲を警戒し始めた。
<アーク、来るっスよ>
アークの持つ剣が喋り始めた。
「分かっている。アルクトゥールス」
「今、剣が喋ったような〜?」
イオが驚いた様子で剣を指差して尋ねた。
「意志を持つ剣・クレタナーガル、アルクトゥールスだ」
アークは剣の柄に手を掛けながら答えた。
<どうもっス>
「世界で3本しかないと言われる、あの意志を持つ剣(クレタナーガル)!!」
<そうっス>
「今は話ししている場合じゃない」
アークが厳しい口調で言い放つ。
「そうだ。イオにナーガル殿」
と、ラドル。
「ラドル。イオを頼むぞ」
「了解」
アークはイオと背を向け合わせる。
イオにも何が始まるのか分かった。
草木がざわめく。
シュン
空気を来る音。
2人目がけて、一本の枝が飛んできた。
「避けろ!!」
とっさにアークが叫ぶ。
それに反応してイオの身体が動く。
2人は左右に避け、第一撃目をかわした。
アークはすぐ様体制を整えると、林の奥を睨んだ。
『人間だ。旨そうな人間が2人』
低く太い声が聞こえる。
林の奥から太い枯れかかった老木が現われた。
「いっ!?」
<木霊っス!!>
『旨そうな人間が2人。人を喰うのは久しぶりだな』
木霊は品定めするかの如く、2人を見る。
『ワシの糧となってもらうぞ』
木霊は自分の枝を伸ばすと、再び攻撃を繰り出した。
ザンッ
枝が斬られる。
「喰う?悪いが私は煮ても焼いても喰えんぞ」
剣を抜いたままアークが言い放った。

『何をほざく』
木霊は十数本もの枝をアークに向けて放つ。
「ラドル!!イオを連れて下がっていろ!!」
「了解」
ラドルとイオは急いでその場から離れた。
アークは剣を構えると、枝を次々と切り落としって行った。
「え〜い」
リムノスは掛け声とともに自分やアークの周りに竜巻きを作り出す。
竜巻きに触れた枝は「バギバギッ」と音をたてながら折れ、どこかへ飛んで行った。
「すごいや」
アークや木霊から離れた茂みの後ろにいるイオは、目を輝かせてそれを見ていた。
「やっぱり、ただ者じゃない」
(ただ者じゃないか・・・)
イオの隣にいるラドルは心の中で呟いた。
(あの予言と呪縛がなければ、アーク殿は普通の女性でいられただろうか・・・)
アークと木霊の攻防を瞳に映しながら、ラドルは自分に問い掛けてみる。
(普通の女性としての幸せ・・・。ワタシとしてはそうなってほしい・・・。けれど、
アーク殿の願いは・・・)

ブンッ
アークの剣が風を切る。
「どうした?もう、終わりか?」
余裕の表情のアーク。
それとは正反対に木霊には焦りの色が見え始めている。
『ふんっ。斬られただけじゃあ、ワシのダメージになりやしねぇさ』
「ふんっ、大口を」
アークは「チャキ」と剣を構えた。
『ワシの攻撃がこれだけだと思うなよ』
「?」
ラドルが何かに気が付く。
「アーク殿、下に気を付けろ!!」
ラドルが叫ぶ。
アークは下に視線を向ける。
しかし、時遅し。
大地から鋭い槍の様な根が出現した。
「なにっ!?」
アークは反射的に避ける。
リムノスはとっさに上空へと舞い上がってしまう。
アークは根をいくつか避けるが、地面下からの攻撃のため右肩に受けてしまう。
「!?」
「アークさん!!」
攻撃を受け、一瞬だけ動きが鈍くなったところを狙って、木霊が再び枝を伸ばし彼女の体を貫く。
「うわ〜わ〜アークゥ〜」
「アーク殿」
「アークさん!!」
アークは体をくの字に曲げる。
『ワシの武器は枝だけじゃないのさ。根も武器になるのさ』
木霊はちらりと動かぬアークを見る。
『どんな人間も、胸を刺されば生きてはおるまい』
木霊は余裕の笑みでアークを見下ろしたが、動くはずもないアークの左手が動いた。
左手は体に刺さったままの枝を掴む。
『何!?』
剣が振られ、枝が切断される。
アークが顔を上げ、木霊を見る。その瞳は異常に冷たかった。
イオの背筋に寒気が走る。
『バカな。心の臓を狙ったんだぞ。生きているはずはなんて』
アークは無表情のまま、自分の体から枝を抜くと無造作に投げ捨てた。
鮮血がアークの服に染み込む。
『ましてや、平気な顔で立っているなんて』
「言ったはずだ。私は煮ても焼いても喰えない人間だとな」
アークは輝きの失せた瞳で木霊だけを見ていた。

『バカな。そんなハズは』
木霊は攻撃をくり出す。
アークは動かない。
腹部に突き刺さるが、アークは倒れない。
それを見ていたイオの瞳には、もう一つの光景が重なって見えた。
(・・・あれは・・・)
血染まった大地。
『くそっ』
木霊は一勢に枝を四方に伸ばす。
アークの頬や肩、腕に傷をつけるが、アークは動かず表情を変えない。
(・・あれは・・・)
血まみれで倒れているたくさんの人々。
自分の血で真っ赤に染まった自分の手と握ったナイフ。
(・・昔の・・・)
そして、アークと同じ黒髪と褐色の瞳を持ち、白い鳥を連れた青年。
鮮烈に思い出される光景。
イオはアークを見ながら拳を握った。
「ラドル〜」
リムノスが空から舞い降りて来た。
「どうしよう、ラドル〜。アークがまた変になちゃったよ〜」
忙しくラドルの頭の上を飛び回る。
「ああなると、気がすむか、倒れるまでああやっているし。 おまけにボク達の事は眼中にないし〜。トゥールスはそうは動けないし〜」
「せめて、レジオがいれば木霊を倒せるんだが・・・。アーク殿がああだと・・・」
ラドルは表情を固くする。
「ボクやラドルの力じゃ、スキを作る位しかできない〜」
「止めなきゃ」
イオがポツリと言う。
「えっ?」
「止めなきゃ」
イオは隠れていた茂みから飛び出した。
「待てっ、イオ」
「えっ、あっ、ちょっとイオォ〜」
慌てて2匹が追い掛けた。
「もし、彼女と会えたら、彼女を助けてやって下さい」
周りの事を気にせず走るイオの頭の中にセリアの言葉が思い出される。
「それができるのは、きっとあなただけです」
金色の髪を持つ彼女の声が響く。
(セリアさんの言葉に従う訳じゃないけど、あの時の僕の様にはなってほしくない・・・)

「どうした、もう終わりか」
体から血を流しながら、アークが冷酷に微笑む。
流れ出る血は体を伝い地面に染み込む。
本来だったら、もう貧血で倒れていてもおかしくない状態である。
『化け物か、貴様』
焦りの色が見える木霊。
「化け物?」
クスッと笑う。
「魔物と成り果てたお前に言われるとはな。 まっ誰が見ようが化け物には変わりないか。死ねない人間はな・・・」
『・・・』
「どうした?私を喰らうのではなかったのか。別にどこで死のうが私は構わない。
ただ私が望むのは<死>のみ。願っても叶わぬ願いだがな・・・」
<アーク様・・・>
木霊は迷っていた。
この人間はどんなことをしても死なない、倒れない。
でも、折角の獲物を逃す訳にも行かない。
(くそっ、どうすれば・・・)
「アークさん!!」
イオがアークと木霊の間に入って来た。
「お願いだ、アークさん。そんなこと願わないで」
「・・・イオ・・」
アークの顔に感情が戻る。
「私は・・・」
(チャンス!!)
木霊はこれを好機とばかりに、イオに向って攻撃をくり出した。
<危ないっス!!>
アークの体が動く。
イオの体を抱えると、そのまま横へ転がった。
枝は空しく空を切る。
アークはすぐさま立ち上がると、剣を構えた。
木霊もすぐに攻撃を仕掛けるが、突然目の前に現れた土の壁にそれを阻まれた。
『なにっ!!』
「アーク殿、今のうちに」
リムノスとラドルがアークたちのもとへ駆け付ける。
アークはうなずくと、左手を突き出した。

「我と契約せし 魔力を持つ獣よ 今こそ我との果たす時」
アークは呪文唱えながら、空に魔方陣を描いてゆく。
土の壁にヒビが入り、崩れてゆく。
今度はリムノスが木霊の周りに竜巻きを起こす。
「己が持つ その能力(ちから)を 我が前に示せ 我が名 アークの名の下において命ずる
いでよ レジオ」
完成した魔方陣からレジオが姿を現した。
「やっと俺様の出番か」
レジオはそう言うなり、全身から炎を発した。
「マスターを傷つけるヤツは絶対許さん!!」
レジオが発した炎は火柱となる。
「死を持って償えー!!」
火柱は木霊を包む。
断末の声。
「やった〜」
「さすがはレジオだな」
「当たり前だ」
胸を張るレジオ。
聖獣たちが喜ぶ中、イオはアークの悲し気な表情を見た。
「アークさん・・・」
イオが遠慮がちに声を掛けようとしたが、アークのつぶやきにそれは止まった。
「また・・・か・・・」
アークは1人小さく呟いた。
イオは服を「ギュ」と握った。
(アークさん・・・本当にそれでいいんですか・・・)


4.運命の星の下に生まれし者へ進む

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