陽もすっかり落ち、辺りは静寂の暗闇に包まれている。
闇の果てから聞こえるのは、獣たちの声と赤々と燃える火の音だけ。
燃えるたき火を見ながら、アークは昔の事を思い出していた。
アーク達は当初の予定通り、山の中腹にある古く小さな教会で野宿(?)していた。
教会と言っても、建物はほとんど崩れており、屋根があるだけマシと言った状態だった。
木霊にやられたアークの傷は人並はずれた治癒能力と聖獣ワルシャの回復能力ですっかり回復していた。
「眠れないの、アーク?」
近くの瓦礫の上に止まっていたリムノスが心配そうに声をかけて来た。
「昔の事を思い出して」
「そう」
リムノスは翼を広げると、アークの肩の上に止まった。
「今日はボクも眠れないんだ。いつもなら、果物をお腹いっぱい食べる夢見るのに」
そう小粋に言ってみせるリムノスを見て、アークは表情を崩し少し笑って見せる。
「お前は気楽でいいな」
アークが冗談めかして言うと、
「あ、ひどい〜。ボクにだって、悩みの一つや二つはあるんだから〜」
と、リムノスは頬を膨らまして抗議する。
「んっ」
「あれ?」
ふと、正面を見ると、たき火を挟んで寝ていたはずのイオの姿がない。
「どこ行っちゃったのかな?」
アークが目を覚ましてから、随分時間は経っている。
「散歩かな」
「おそらく」
「でも、この山魔物の巣だよ。イオ1人じゃ危ないよ」
「いや、この場合、イオより私らの方が危険だな」
立ち上がって、辺りを見回しながら言う。
「えっ?」
「見張りのラドルどころか、アルクトゥールスもいないようだ。まっ、こっちから呼べるからいいか」
「えーー!!」
「ラドルはイオについって行ったんだろうが、アルクトゥールスはどこ行ったんだか」
「いざとなったら、レジオを呼んでね」
リムノスの声は真剣そのものであった。
アークがイオ達のことを探し始めた頃。
「名月だね〜」
<ホントッスねぇ>
アークの心配をよそに2人(?)は、教会から少し離れた崖の上でのんびり月を眺めていた。
<月はいつ見てもいいッスねぇ>
「そうだけど。黙って離れて来て良かったの、ナーガル?」
<大丈夫ッス。向こうから呼べるッスからね>
「そう言えばそうだったね」
2人は、まるで昔からの友人の如くとても親しげに会話を始めている。
「昔から、自分で動くとエネルギー使うから嫌だって言ってたのに」
<それは、今も同じッスよ>
「ナ・・・ナーガル・・・」
アルクトゥールスはイオを見上げると、一段声を低くして悲しげに言った。
<あれから、もう千年・・・。もう、二度と会うこともないと思っていたッスけど・・・>
イオも表情を曇らせた。
<いや、会えないことを願っていたッスけど・・・>
「ごめん。余計な心配かけて・・・」
イオは静かに謝った。
<イヤ、会えた事自体は嬉しいッスよ。変わりなくやっている様で>
アルクトゥールスは慌てて弁解した。
<ただ、複雑なだけッス。先代の緑鳥戦士・・・マーク様が亡くなってからもう千年以上ッス。
その時、イオクンとはもう会うこともないだろう、
いや、会えないほうが良いと思ったッスから・・・。
イオクンは充分に苦しんだッスから・・・。だから・・・>
「ありがとう、ナーガル。いつも心配してくれて」
イオは笑顔で礼を述べた。
「僕のこと、心配してくれのは、ナーガルぐらいだよ」
<他にいたら、こわいッスけどね>
「そうだね」
イオが明るく笑うとアルクトゥールスも連られて笑った。
(うむ〜。これは一体、どういうことだ?)
2人のいる崖から少し離れた所でラドルは1人困惑していた。
イオが出掛ける気配で起きたのだが、イオがなかなか戻ってこないので、
心配して探しに出たのだった。
しかし、嗅覚をたよりに来て見れば、アルクトゥールスと話し込んでいるではないか。
すぐにでも、声を掛けようとしたラドルだったが、先ほどの会話を聞いてしまい、
出るに出れなくなった状況に陥ってしまったのだ。
主の命令が最優先だが、主たるアークの命令は「イオの身の安全を守る事」であるが、
幸いな事に辺りに魔物がいる気配なく、しばらくは大丈夫だろうとラドルは判断していた。
でも、夜の山中でいつ魔物が現れてもおかしくはないが、個人的な行動を強制する気はないし、
どうしたものかとラドルは思っていた。
ラドルがこの話に興味があったこともあるだろう。
ラドルは林の中で独り悩んでいた。
「昼間のようなことよくあるの?」
1頭の珍客がいることを知っていいるのか否か、イオは話を続けた。
<よくあるッス>
「そっか〜」
<強い魔物ならまだマシッスけど、わざと喧嘩を売るようなこともあるッス>
「・・・」
<いつか、始めて会った時のイオクンのようになるんッスかね>
そう言いながら、アルクトゥールスは昔のことを思い出した。
五月雨の降る草原の中、死体が転がる戦の跡で。
アークではなく、黒髪に褐色の瞳の青年が自分の持ち主だった頃。
自分の血と返り血で身体中を真っ赤に染めた少年と出会った。
生気のない瞳で、主人たる青年マークを見ていた少年と・・・。
「ナーガル。アークさんは死を望んでいるように見えるけど、本当にそう望んでいるのかな」
<そうッスね。オイラも本心からじゃないと思っているッス。
昔から、あまり自分に素直じゃない人だったからッスね>
「そうなんだ」
<自分のホントの気持ちに気付いてくれるかどうか、心配ッス・・・>
「ナーガル・・・?」
イオが心配そうにアルクトゥールス見た。
<悲しいッス。誰も、アーク様の孤独を癒してやれなくて・・・>
アルクトゥールスは苦しくて仕方がなかった。いや、リムノス達もそう思っている。
何もしてやれない、アークの<孤独>や<悲しみ>を癒してやれない自分に。
この中では彼女との付き合いが長く、良き理解者でもあるラドルでもそれは無理だろう。
おそらく、彼が一番辛く思っているに違いなかった。
大切な者を失ったという、<悲しみ>は彼が一番よく知っているからだ。
先の戦いでアークは身近にいた人、大切に思っていた者、幸せにしてやりたかった者を亡くしている。
その者を失った時の嘆きをアルクトゥールスは覚えている。
《せめて、セラ様でも生きていたら・・・》
アークはセラの幸せをいつも願っていた。
なのに、セラは死んだ。妹であるセマの手にかかって。
あれから20年。アークは生きている。セラが死んだあの時から、時を止めて。
アルクトゥールスはセマを呪いたかった。
主にこのような<悲しみ>や<孤独>を負わせているセマを。今でも、亡霊のように憑くセマを。
でも、セマを呪った所で何かが変わる訳ではない。それに、呪えない自分も悲しかった。
こんな時、生身の体がなくて良かったとアルクトゥ−ルスは思う。
生身の体だったら、きっと、泣いていると思うから。
この時ばかりは、鋼の体を持って生まれてきたことに感謝した。
アルクトゥールスは「ふぅ」とため息をついた。
<アーク様はセラ様が死んだ事を、自分の責任だと思い込んでいるッス。
イオクンがかつてそう思っていたように>
そこまで言ってアルクトゥールスはマズイと思い、口を閉じた。
<すまないッス。これは禁句だったッスね>
「いいよ。本当の事だから。妹は僕を救うために、命を落とした。それは事実だから」
<イオクン>
「でも、マークさんが言ってた事、少しづつ自分なりに考えた。
きっと、あのまま故郷の山の中で一生過ごしていたら、
きっとマークさんやナーガル、アークさんとも出会えなかっただろうし、
こうして本当の世界を見る事はできなかっただうなって。
そう思ったら、少しラッキーかなって。
ただし、その代償は大きいけどね」
<・・・・・>
「確かにそんな言葉で片付けられる程、楽じゃないことは分かっている。
悲しく、寂しく、苦しい時もある。
でも、それは<生きている証>、自分が<幸せ>になりたいと願っている証だ。
いつか来る<死>に、今までの自分の人生を<後悔>しながら死ぬよりも、
どんなに辛くても、自分に正直に精一杯生きた方が楽しくていいなじゃいか」
<マークさんがよく言ってたことッスね>
「そう」
2人はお互いを見ると、声を上げて笑いあった。
「どんなに辛くても、自分に正直に精一杯生きるか・・・」
いつの間にやって来たのか、アークはイオともラドルとも離れた所でそう呟いた。
分からない訳ではない--いや、分かっている。
<過去>ばかり見ていて、現在(いま)を見ようとしない自分。
聖獣やアルクトゥールスの気持ちも分かってはいる。
死んだ者ためにも自分が幸せになるべきなのかもしれない。
でも、それができない。
気持ちが切り替われないのだ。
<呪い>のせいもあるかも知れない--いや、<呪い>のせいにしているのだ。
確かに、セマの<呪い>は確実にアークを苦しめている。
だから、逃げているのだ。
現在から逃げ、すべてを捨てて楽になりたいを願っている。
叶わぬ願いでも、きっとそうすれば楽になれると思っているから。
アークは膝を抱えて座り込んだ。
「アーク・・・」
リムノスが心配そうにアークの顔を覗き込んだ。
「なぁ、リムノス。この緑鳥戦士としての力、
正しく使っていたら、もっと違う結果が見られただろうか?」
「アーク、何言ってるんだよ。
アークは自分が正しいと思った事をやったんだから、間違ってないよ」
リムノスは慌てて答えた。
アークは左耳の紅玉に触れながら、
「どうして・・・どうして。幸せにしてやりたかった奴ばかり・・・」
と、うつむいたまま呟いた。
「どうして、私だけ・・・。1人、残して行きやがって・・・」
リムノスはそんなアークを側で何も言わず見守っていた。
(アーク殿・・・)
ラドルも離れながらも、アークの事をそっと見守っていた。
(しかし、2人が知り合いなのはともかく。マークは先代緑鳥戦士の名。
ナーガル殿は別として、どうしてイオが先代の事を?)
ラドルの中に新たな疑問が浮かんでいた。
|