ル・ファーラー悠久物語

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――6.湖の伝説――
 
そう、あの時から時は止まっている。
壊れた時計の様に。
自分の心は冷めている。
氷の様に冷たく。
人を失うのは悲しく辛い。
それが自分の大切な人ならなおさらだ。
悲しみは時の流れが癒してはくれるが、 時が止まったままの自分には、幾度くり返えそうとも、 その悲しみが自分に降り掛かって来ることが分かっている。
人を思えば思う程、それは深くなる。
孤独になればいい。
けれど、寂しくなり、結局また誰かを求めてしまう。
抜け出せないループの中で見つけたのは、人であることをやめること。
河の流れに身を任せる木の葉のようになること。
糸のない操り人形になること。
そうすれば、この苦しみからループから抜け出せるはずだから。
たとえそれが逃げていることでも。
だから、心は冷めている。
氷のように冷たく。
だから、無意味に思う。
すべての事を。
例え、それが間違っていることだとしても。

「うわぁ〜」
リムノスがイオの頭の上で驚きの声を上げた。
「これは凄いな」
と、ラドル。
「これ全部か?」
少々興味なさそうなレジオ。
「これは思ったよりすごいな」
と、アーク。
「信じられない・・・」
あまりの凄さに呆然とするイオ。
「これ全部がラヴァティの花だなんて」
一同の目の前に、豊かな水を湛えた湖とそれを囲むかの様に黄色の花が咲き誇っていた。
「これは咲いているとかのレベルじゃないな」
アークはこの風景を眺めながら呟いた。
「確かに、これだけ群生する所も珍しいな」
と、アークの側でラドルが言う。
「いつまでも眺めてないで、花採りにいこうよ」
リムノスが頭の上からイオをせかす。
「あ、そうだね」
「それじゃ、レッツゴー」
イオは見渡す限り広がる花の中へ入っていった。
「踏むのが勿体無いね〜」
「仕方ないよ」
イオの後ろ姿を見ながら、アークは昨夜のイオの言葉を思い出した。
「どんなに辛くても自分に正直に精一杯生きるか」
私は・・・。
「アーク殿」
気が付くとラドルがいつもの様に見上げていた。
「我々も行こうではないか」
「あ、そうだな」

「そう言えば、イオ」
「ん、なにリムノス?」
「その花束、何?」
イオの右手には、ここに来る途中に採って来た色とりどりの花が握られている。
「これですか?これ、ガーナさんのお墓に供えようと思って」
「ガーナのお墓?ガーナって?」
「街に伝わる言い伝えに出て来る人です」

昔、このポワティアの街が、まだ村だった頃。
村にガーナと言う名の美しい娘がいた。
ガーナは大変心優しい娘で、家が貧しいにも関わらず、病気の者あれば看病してやり、 家事や子守りの手伝いをし、男衆と同じ仕事をする時もあった。
ある時、村の領主の息子がガーナを見初められ、 ガーナもその青年を愛するようになった。
けれど、その息子には親の決めた婚約者がおり、 彼のことを考えたガーナは身を引き、 その身を湖に投げたそうだ。
以来、その湖はガーナの湖と呼ばれるようになったのだ。

「これがガーナの湖の伝説です」
イオは皆に伝説を語ってみせた。
「へえ〜、そんな伝説あるんだ〜」
「どこにもありそうだな」
1頭は興味なさそうに、離れた所でボソッと言うと、すかさず、リムノスが反論する。
「別にいいじゃない。せっかくの雰囲気を壊れるでしょうが」
「オレ様にはそんなこと関係ないねぇ。オレ様はマスターの側にいられれば、それでいいのさ」
レジオはアークの足にすり寄るが、当のアークは無視と言った状態だ。
「ティマが言っていたんだな」
イオのすぐ後ろを歩きながら、アークは尋ねた。
「そうです。昨晩泊まった教会は元々はガーナさんの魂を鎮めるために建てられたらしいですよ」
「こんな、魔物の出る山の中に?」
リムノスは驚いた表情をするが、アークも表情を変えるが何か気に掛かったような感じだ。
(魂を鎮める?どういうことだ?)
「昔はこの辺りに魔物はいなかったらしいですよ」
「なるほど。道理であんな所に教会があるはずだ」
アークはイオの知識に感心したようだ。
「しかも、魔物の出る山にだからな」
と、ラドルも感心したようだ。
リムノスもイオの頭の上で感心していて、彼(?)なりにイオを誉めた。
「イオは色々知ってるんだね〜」
「義姉さんの手伝いでよく街の長老の方々の所に行きますから。 よく、茶呑み話しの相手させられるんです」
「茶呑み話しの相手?」
皆、その光景を想像する。
しばしの沈黙の後、リムノスが声を上げて笑い出した。
「似合い過ぎ〜!!」
レジオは遠慮なく笑っている。
「お前ら、失礼だぞ」
そう言うラドルでさえ、今にも吹出しそうな気配だ。
「何もそんなに笑わなくてもいいでしょうが」
イオは反論するが、ラドルだけが「すまない」と詫びた。」
けれど、リムノスとレジオにはイオの反論が全く聞こえていない様子で、まだ遠慮なく笑っている。
唯一、笑わず、皆の様子を傍観していたアークは、この光景を眺めながら、呆れた感じため息をついた。
それは冷たい感じではなく、どこか暖かみを感じるようなため息だった。

「それで花を供えようと言う訳か」
ラドルは優しい笑みでイオを見る。
「そうです」
<優しいッスね〜>
イオは湖の畔にある木の下まで歩いた。
その木の下には、小さな石盤があった。
ここがガーナの墓であろう。
苔が張り付いた石盤からは、微かながら「ガーナ」と言う文字が読め、年月の流れを感じさせた。
イオは石盤の上に花を捧げると、静かに手を組んだ。
リムノスもそれに習う。
この時ばかりは、レジオも静かだった。
しばし、沈黙の時が流れた。
(しかし、魂を鎮めるための教会とは。観光目的でもないのに何故?そうなると、残るのは・・・)
アークはイオが祈り終わったのを確認すると口を開いた。
「さて、早く解毒剤の材料を採って行かないとな」
「そうですね」
アークは振り返り、来た道を戻る。
「私も手伝おう。ラドルとレジオは見張り頼むぞ。いつ魔物が現れるとも分からんしな」
「了解」
「ラジャ」
二人はパッと見晴しのいい所に散らばる。
「ボクは〜?」
「お前はイオの頭の上からでも十分だろう」
「そうだね」
リムノスは頭を掻いた。
「イオ、どこが解毒剤になるんだ?」
「葉っぱです。葉っぱを乾燥させて使うんです」
「よし、分かった」
アークはそう一言言うと、腰を落として葉を摘み始めた。
イオもアークから離れた所で葉を摘み始める。
その間、リムノスは4人(?)の頭の上をグルグルと飛び回っていた。

ティマ姉弟の住む家はガーナ湖がある山の近くにあった。
教会は田舎に多い大母神・ユーリスを奉った教会であり、教会のすぐ隣に住居がある。
小さな2階建ての家だが、屋根裏部屋も付いており、 ティマとイオの2人が暮らして行くには充分の広さだった。
ティマはこの日、薬を届けるため街に出かけようとしていた。
いつもなら、街の人1人位はティマの回復魔法を頼って来る人がいるが、
今日はお昼頃になっても誰もこない。
街にはちゃんとした医者が居るため、ティマの役割は応急手当に施す回復魔法か薬の調合の手伝い位だ。
元々治療院を開いている訳でもない。
大母神ユーリスは生命の女神故、各神殿では治療院も開いてはいるが、 このような田舎の教会になると人手不足とかでそれもままならない。
個人でも開いている者もいるが、ティマにはそれほどの治療魔法が備わっていないのだ。
なににせよ、人は来ないことに超したことはない。
ティマは調合し終えた薬を届けに街に出かけようとしていた。
小さなバスケットに薬を入れ、鼻歌まじりに家を出た。
その途端、彼女の背筋に寒きが走った。
(なっ、なに・・・)
バスケットが柔らかな草の上に落ちる。
ティマは両腕を抱えて、その場にうずくまった。
(魔力・・・とても、邪悪な・・・)
ティマが顔を上げると、目に不思議な光景が映った。
それは、ドーム型の透明な何かが街をすっぽり覆っている光景だった。
日差しでドームが時折キラリと光る。
「あれは・・・まさか・・・結界・・・」
ティマは信じられないと言った表情でそれを見つめた。


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