ラヴァティの花の葉を採り始めて、しばし時間がたった頃だろう。
花畑のすぐ傍にある岩の上で見張りをしていたラドルの五感に何かが触れた。
ラドルはすぐに耳を立て、周囲の様子を伺い始める。
登山道につながる道の入り口で見張っていたレジオも反応し、アークの側に戻ってくる。
空にいたはずのリムノスもアークの肩の上に戻っている。
聖獣達の行動に2人も気づき、すぐに立ち上がる。
イオはすばやく、採った葉を背負い鞄にしまい込み、逃げる準備を整える。
アークはその間、登山道の方を見据える。
「魔物ですか?」
「多分な」
アークはイオの問いに答えると、剣の柄を握った。
すると、乾いた物がぶつかり合う音が規則正しく、たくさん聞こえた来た。
「なんだか、嫌〜な予感がするんだけど」
リムノスがポツリと言う。
「言うな」
レジオはそれが分かりきっているから言う必要もないだろうと言っているのだ。
「おそらく、アレだろうな。しかも、大量にやってくるようだな」
ラドルは岩から降りると、イオの隣に立つ。
「冷静に分析しなくても分かるよ」
聖獣達がこんな会話をしている間に、敵の姿がアーク達に見えた。
相手はスケルトン。数はおよそ30。
皆、それぞれに武器を持ったり、鎧を着ている。
「スケルトンですね」
とすっかり慣れた口調のイオ。
「また、厄介なのが現れたな」
そう言いつつも余裕たっぷりのアーク。
聖獣は「やっぱり」と言った表情だ。
迫ってくる敵を前に、アークはため息を一つつく、リムノスとアルクトゥールスに視線を向ける。
「リムノス、アルクトゥールス。久々にやるぞ」
「おう」
<分かったッス>
アークはレジオの召喚解除をすると、剣を胸の前で横に水平にする。
(あれは・・・)
イオはそれを見て「ハッ」とした。
アークの周りに風が起きる。
「天空を駆ける風の神フェルエスよ 我 汝の力求めたり」
アルクトゥールスの刃身に神聖文字が浮かび上がる。
「これは・・融合・・・」
イオは思わず言葉をもらした。
ラドルがその隣でわずかに反応したが、イオはそれには全く気付いていない。
イオは巻き起こる風の中で、それを見ていた。
千年前にたった一度だけ見た事のある光景と同じものを。
「このアルクトゥールスには、自分と同じ属性と融合する能力があるんだ」
イオの脳裏に先代緑鳥戦士マークの声が響く。
「剣と神獣に眠りし力 今ここに 解放せん」
アークの声に合わせ、リムノスの体色が緑に変わり、アルクトゥールスと融合して行く。
「そのうえ、こいつには融合した者の力を最大限に引き出したくれるのだ。
この能力でこいつは封印されたのさ」
頭に響くマークの声を聞きながら、イオは融合を見た。
ニ度と見れないと思っていたものを。
風がおさまると、アークの手に鳥の翼のような鍔のある剣があった。
アークは敵を見ると、
「ラドル、イオを頼むぞ」
と言うなり、スケルトンに向けて剣を振るい始めた。
敵から距離もあるにも関わらず、アークの振るった剣は風を放ち、竜巻きとなりスケルトンを襲う。
それで何体かは全身の骨を砕かれ、バラバラと骨が空を舞う。
つかさず、アークは真空の刃をくり出し、スケルトンを倒して行く。
「どうやら、アーク殿1人で十分のようだな」
「そうですね」
「でも、なんでレジオを召喚しないのだろう?その方が早いと思うんだけど」
「魔法や法力を使うと、精神力や体力を消耗する事は知っているだろう」
「少しは」
「聖獣使いも同じなのさ。ただ、魔法使いと違うのは、生命力を削ると言うところだな」
「生命力?」
それを聞いてイオの顔が青ざめた。
「と言っても、寿命が短くなるのとは違うからな」
「そうなんだ」
イオはホッと安堵のため息をついた。
ラドルはイオに聖獣使いの仕組みについて話し始めた。
「聖獣使いは、魔獣と呼ばれる魔力を持つ獣と契約して、その力を使う。
ただ、主となるものは、その魔獣の魔力を使えるようにするには、自分の生命力を彼等に与えるのだ」
「要するに、餌?」
「そうだ。契約すれば、主が亡くならない限り我々は決して死ぬ事は無いんだ。
生命力が削られるから、聖獣使いはわずかながら成長が遅れるらしい」
「ふ〜ん」
「生きている限り、力は無限に溢れるものだから、命に関わる事は無い。
ただ、召喚中は精神力も使うから召喚できる魔獣の数が制限されたり、召喚しすぎると、
戦闘中に気を失ってしまう事にはなる。アーク殿の精神力だと、4人が限界。
あの状態だと、召喚された聖獣の3人分の精神力が消費されるからな」
「魔法使いと余り変わらないね」
イオは納得したように首を縦に振った。
「みんな、似たようなものさ。魔法使いは魔力、法力使いは法力、聖獣使いは生命力。
違いはこれくらいだな」
「勉強になったな〜」
イオは心底感心した様子だった。
「妙な少年だ」とラドルは思わずにはいられなかった。
こうしてる間にも、スケルトンの数は半分以下に減っていた。
アークは剣を振るい、敵を倒し続けている。
「ラドルは色々知っているんだね」
「昔から旅ばかりしていたから・・・な!!」
ラドルは後ろを振り向くと、すばやく大地から地剣を放つ。
地剣は後ろから迫って来たスケルトンを直撃。
スケルトンは真っ二つになり、地面に倒れる。
「後ろからの登場か」
どうやら、別の部隊が後ろに回り込んできたようだ。
ラドルはイオの前に立つと警戒姿勢をとった。
ラドルはすぐに反撃を開始する。
スケルトンの来る正面にいきなり大穴を開けたり、大地を鋭い針のように変えて放ったりする。
「完全に囲まれたな」
ラドル隊の方に後退して来る。
でも、まだまだ余裕はあるようだ。
「どうします?アーク殿」
「強行突破でもするか。数も増えてきてるし」
アークは周りをチラリと見る。
「どうやら、よほどの腕を持つ魔法使いがいるようだな」
「全くだ」
ラドルはため息を一つついた。
「どうやって、突破口を開きます?アーク殿」
迫りつつあるスケルトンを見ながらラドルが尋ねた。
スケルトンの数はさっきより増えている。
復活した奴もいるのだろう。
「竜巻きでも起こすしかないだろう」
アークは仕方なさそうに言うと、ラドルもアーク同様に「そうだな」と答えた。
その間イオは何かを思い出したのか、鞄の中身を探り始めた。
「なにやってるんだ?」
アークは何やら手の平にすっぽり収まるくらいのボールのような物体を出すイオを見て、
しばしあきれ顔になった。
「義姉さんからもらった物が、使えるんじゃないかと思って」
イオはさらに細長い筒のような物を取り出すと、ボールのような物についている短い紐に火を付けた。
どうやら、その筒は火種入れのようだ。
筒の蓋を開け、燃えやすい物に近付けると、火が簡単につくと言う品物だ。
魔法が施されており大概のことでは火種がこぼれたりしないし、消えないようにできている。
携帯用に作られたため旅をする者には必需品である。
「おい、何をする気だ?」
アークは尋ねるが、イオは火を付けるなり、素早くスケルトンの中に投げ込んだ。
ボトッとスケルトンの中にそれは落ちた。
スケルトン達は、ピタッと足を止め、それを見た。
その瞬間――。
ドオォォォォン
爆音が轟き、大地が微かに揺れ、大量の土砂と煙りが上がった。
「何だと」
土を被りながら、アークが呆然とした。
「結構、威力あるんだな〜」
アークと同じく体中に土を被ったイオが呑気に言う。
「今のって・・・」
半分青ざめながら、アークがさっきボールが落ちた場所を指差しながら尋ねた。
「義姉さんが作ったばくはつくん3号です」
「やっぱり・・・・」
アークはかつて戦場を駆け巡った経験がある。
もちろん、火薬のこともその威力も知っている。
でも、個人がこれ程の威力のある物を持っているのは、さすがに初めてだった。
「他にもけむりくん5号やSOSくん11号もありますよ」
「あいつ、ホント〜に僧侶なのか?」
アークは単純な疑問を口にする。
「全くだ」
ラドルも同意見のようだった。
「ま、おかげ敵さんが驚いているな」
煙りの晴れ間から敵の動きが乱れているのが分かる。
「なんか、風景が勿体無いな」
花園の中にポッカリと穴が空いている。
花もほとんどが戦闘により潰されている。
「アーク殿の剣技よりは効果がありそうだな」
「そうみたいだな」
アークはイオからけむりくん5号をもらうと、火を付けて敵中に放り込んだ。
敵は先ほどの事もあり、警戒して慌てて後ろの後ずさるが、
今度は爆発はせず、白い煙りが辺りを覆い尽くして行く。
辺りが真っ白になり視界が完全に失われ、スケルトン達は右往左往し始めた。
「今のうちに撤退するぞ」
「はい」
「了解」
アーク達は小声で確認し合うと、敵が怯んでいるスキにこの場から脱兎のごとく立ち去った。
「ここまで来れば、大丈夫だな」
湖から大分離れた見晴しのいい所でアークは足を止めた。
鍛えてあるだけあって、アークはまだまだ余裕がありそうだ。
「久しぶりに全力疾走したな〜」
肩で息をしながら、イオが地面に座り込んだ。
額には汗が浮かんでいる。
<しかし、ティマさんにあんな特技が合ったとは驚きッス>
「ホントホント」
融合中喋れなかった2人は早速喋り始める。
リムノスは当たり前のように、イオの頭の上に止まる。
最近、ここが気に入っているようだ。
「あそこまでハチャメチャやる人とは。ま、嫌いじゃないけど」
「お前はそうだろう」
つかさず、アークが間を置かず言う。
「けど、意外と楽しいよね。こういうの」
リムノスがそう言うと、アークが瞳を細めて「そうだな」と答えた。
なせだか知らないが、心が弾む。
よくは分からないが、心が楽しい気分になる。
昔、感じていたような気持ちだ。
これを感じるのはあいつのせいだな。
アークは考えるうちに、知らずと声を出して笑っていた。
しばし、全員惚けていたが、やがてお互いの顔を見合わせ、アークに吊られて笑いあった。
「んっ」
突然、ラドルが耳をたて、崖の方を見た。
「どうした、ラドル」
アークが尋ねたが、その答えはすぐに分かった。
街の方角から、勢いよく空に向かって一直線に登る黄色の煙りが見えた。
全員が空に釘付けになる。
「あれ、なに?」
「狼煙のようだな」
<でも、誰ッスかね>
「義姉さんだ」
イオがぽつりと言う。
「えっ?」
全員がイオを見る。
「黄色の煙りは義姉さんがつくってものです」
「ってことは、街でなにかあったんだな」
イオの言葉の続きをアークが続けた。
「そうでしょう」
「アーク殿、急いで下山したほうがいいようだな」
アークは力強くうなづいた。
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