ル・ファーラー悠久物語

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――8.街の異変――
 
街は深い霧に包まれていた。
辺りは真っ白で、隣のそのまた隣の人の顔がやっと分かる程度だ。
その先は、黒い影だけが見え、人がいると分かるのみ。
誰が誰だと判別がつかない。
しかし、今の彼等にはそんな事は全く関係ない。
彼等は、ある人物を探し、殺すことしか頭にないからだ。
皆、それぞれに武器を持っている。
魔物の巣が近くにある故、皆護身具のひとつ位は持っていた。
斧や鍬などの農業用具を持っている者もいる。上手く使えばそれなりの効果はあるはずだ。
皆、それを手に深い街の中を規則的に歩いて行く。
建物はわずかに黒い影で見えるが、誰1人としてぶつかる者はいない。
この街で暮らしている者達だから、街の事はよく知っているのだ。
彼等は、20人ぐらいのまとまりで、街をさまよい歩いている。
顔には表情はなく、その姿はまるでゾンビのようだとイオは思った。
建物の影に隠れながら、その様子を見ていた。
「いきますよ」
ティマが自作の爆弾をとりだし、皆に合図を送る。
向かいの建物の影で、アークとリムノス、ラドル、レジオ、ワルシャがうなずく。
アークの肩の上には妖精のような透明な羽を持った魚のワルシャが乗っており、 皆の体に薄い結界を張っている。
ティマはそれを確認すると、ねむり君4号を人々の前に放った。
それは、街の人々の前にコロコロと転がって行ったが、皆は全く気にせずに、正面を向いて歩いてくる。
ねむり君4号は、勢いよく白い煙を吹き出した。
辺りは一時、白さを増す。
「本当はこういう所で使う物ではないんですけどね」
ティマのつぶやきが煙りの中から聞こえる。

30秒くらい経ってから、アークが「もういいだろう」と言う。
ティマも賛成し、建物の影から出てくる。
路上には、街の人達が倒れ、心地よく眠っている。
「効果は抜群のようだな」
落ちている武器を軽く蹴るアーク。
「みなさん、ごめんなさいね」
ティマは寝息をたてている人々の寝顔に謝った。
「義姉さん・・・」
手荒な事をして謝っているのなら、作らなければいいのにと思いつつも、
イオはそれを口に出さなかった。
「しかし、一体何考えているんだ?黒幕のやつは」
レジオはそう呟いた。
<確かに、そうッスね>
誰もが疑問に思う事だ。

アーク達は、ティマからの連絡を見てから、すぐさま山を下り始めた。
途中、魔物が行きの倍程襲い掛かって来たせいで、 家に着いたのはあれから2日目の真夜中のことだった。
疲れてはいたものの、アークはティマにすぐに事情を尋ねた。
ティマが調べてきたことによると、街に結界が張られ、 街は深い霧に包まれており、人がいる気配が全くない様子だった。
結界は霧を外へ出すのを防ぐものらしく、人の出入りは簡単にできるが、 ティマの力では破れないこと。
そして、霧は普通の霧ではなく、何か薬の様な物が含まれているらしいとティマは言った。
幸い、ティマの家を始めとした街の中心部から離れて暮らしている者は、 これを間逃れたが、いつ何が起こるかと不安で一杯のようだ。
歩いて2日はかかる隣街に調査隊を出してくれるように頼みに行ったり、 できるだけのことはしている。
しかし、そうなると何が何やらさっぱり分からない。
霧、人の出入りできる結界、人のいない街。何も起こらない。
黒幕は一体何が目的なのか、皆目検討も付かないのだ。
残された人達の不安が近いうちに爆発するのは目に見えていた。
ひとまず、この日は夜も遅いので、ティマの家で休みをとり、 明日改めて街に行くことにした。
その時、イオをどうするかアークは悩んだが、 目を離すとかえって面倒なので、連れて行くことにした。
こうして街に入ったのだが、街の人間が操られてアーク達に襲い掛かってきたのだ。
ティマ作成の爆弾で切り抜けてはいたものの、増々黒幕の目的が分からなくなってきている。

「しかし、ホント何考えてるんだろうね、黒幕さんは」
すっかり、イオの頭の上を陣取ってリムノスが呟く。
「それが分れば、誰も苦労はしない」
遠慮なく人を踏みながら歩くレジオが少々不機嫌気味に答えた。
自分が活躍する場面がないからだろう。
「ぐたぐだ言ってないで、さっさと行くぞ」
前からアークの声が聞こえる。
ティマはその横にいる。
「でも、敵の居場所分かっているんですか?」
アークの後をついて行きながらイオが尋ねて来た。
「あちらから、強い魔力を感じますから」
アークに替わってティマが答えた。
「あ、なるほど」
ポンッとイオは手を打った。
「ボク達も分るもんね〜」
リムノスは胸を張る。
「さすがは聖獣」
イオが褒めちぎると、リムノスは増々御機嫌になり、レジオは不機嫌になっていった。
ラドルは「あまり煽てるなよ」と一言だけイオに注意しただけだった。
それを後ろから聞きながら、ティマは笑み浮かべた。
「楽しい方々ですね」
「うるさいのは確かだな」
アークは即答した。
ティマはその答えに笑った。
「何がおかしい」
「いえ、なんでもありません」
ティマはそう答えたものの、心の中で「素直じゃありませんね」と思っていた。
ティマがアークに抱いた最初の印象は、氷のような人だった。
表情などに人と接するの避けていたような、人を必要以上受け入れない感じがしたからであった。
だけど、今はアークの周りに張られていた氷が解けて来ているような感じだった。
(この数日で変わられたようですね)
変わったと言うよりは、何かが変わり始めていると言う方が正しいだろう。
その原因は分かっている。
イオだ。
イオには人の心を開かせるような暖かい不思議な雰囲気持っている。
明るく素直で、何ごとにも捕らわれず、あるがままの自分をさらけ出して・・・。
今ここに自分が生きていること、体中で感じている。
未来も過去も受け入れながらも、今、生きることをいつも感じているのだろう。
それが、独特の雰囲気を作り出しているのかも知れない。
ティマはずっとそう思っている。
ティマはアークの顔を見ると、もう一度微笑んだ。

「?」
「キュッ?」
アークとワルシャがお互いの顔を見合わせた。
「私の顔に何かついてるか?」
「いいえ」
ティマは首を横に振った。
「だったら、」
そう言いながら、アークは剣の柄を手に取ると、路地に向かって剣を振り降ろした。
剣は鞘に入ったまま、路地に潜んでいた男の肩に当たった。
「人の顔見て笑うのやめてくれないか?」
そう言うアークの後ろで男は地面に倒れた。
気絶しているだけだ。
ティマもそれを承知しているため、アークの言葉に「分かりました」と答えた。
「それより団体さんでお出ましだ」
アークは霧の奥の黒い人影を見つめた。
気配からして、その数は先程と比べ物にならないほどだろう。
「一気に抜けるぞ」
アークはそう言うなり、鞘付きの剣を構え、ワルシャをイオに放り投げた。
「ワルシャのこと頼んだぞ。しっかり抱きかかえてろ」
「はっはい」
イオはワルシャを言われた通りしっかり胸に抱えた。
それと入れ替わるように、リムノスがアークの頭の上に飛び立つ。
ティマも後ろへと下がる。
アークは人の姿が確認できると、人の中へ走り出した。
そして、剣を振り、人々を倒して行く。

(あの、左目の傷から察するに、やはり、ただの旅人ではありませんね)
ティマはイオと一緒にアークの後を追いながら、そう思っていた。
「ちょっと、レジオ。あんたも手伝いなさいよね」
アークを先攻して、強い風を叩き付けているリムノスが、アークのすぐ後ろにいるレジオに抗議する。
「人丸焼きにしてもいいって言うなら、とっくにやってるわ。 てーめこそ、しっかりやらねーと、焼き鳥にして食っちまうぞ」
アークを挟んで2人の言争いが始まった。
さすがに、レジオの言葉が効いたのか、 口では文句を言いつつもリムノスは、しっかりと人々を気絶させることは忘れなかった。
「全くあの2人は・・・」
ラドルは呆れながら、ティマ姉弟とともにその後を追っていた。
「このまま、行くと広場に出るね、義姉さん」
「そうですね。今私達は、街の大通りを北上してますからね」
大通りと言っても、小さな田舎町のため荷馬車が1台通れるくらいでしかない。
「このまま、行くと広場に出ますね。おそらく、広場に入るのでは」
「あそこなら広いから、戦うにはいいかもしれん」
「キュウ」
ラドルやワルシャも頷く。
「そうだね」
そして、しばらくすると一同はその広場へと到着した。


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