ル・ファーラー悠久物語

8.街の異変へ戻る

――9.幻――
 
アークは剣を振るいながら辿り着いた所は、街の中心にある広場であった。
広場ではあるが、ここも濃い霧に包まてれおり、真ん中にある噴水の影がはっきりと見えた。
「ここですね」
ティマは辺りを伺いながら、呟く。
「ここは少しばかり、霧が晴れてるような気もしますけど」
「そうだな。どちらにせよ、ここが決戦の場だろう」
アークはそう言うと、ワルシャの召喚解除をする。
とたんに、霧が体にまとわりつくような感じがした。
「ようやくお着きのようね」
正面から凛とした声が聞こえてきた。
「その声は、やっぱり」
ティマが目を凝らした先から、妖艶の美女クシュナが姿を現した。
「クシュナさん」
と、言ったのは、後ろに下がっているイオだ。
「やっぱり、お前か」
アークもティマも「やはり」といった表情だ。
「ええ、そうよ」
クシュナはあっさりと答えた。
「すべて、私がやったのよ。スケルトンや人を操って、あなた方を襲わせたのも」
クシュナは「クスクス」と笑う。
その瞳には、人ではない者の輝きがあった。
「何が目的だ?」
アークは切っ先をクシュナに向ける。
ティマもいつでも呪文が唱えられるようにしている。
イオはアークに言われることなく、既に安全圏に避難している。
クシュナは相変わらず笑いながら、右手をスッと上げると、水が集まり、空中に舞い上がった。
「!!」
水はクシュナの手の上で大きなまとまりになると、アーク達に向かって飛んできた。
「リムノス」
アークの言葉にリムノスは風を起こし、その水を砕く。
クシュナはアークの対応を見て、満足そうな笑みを浮かべた。
「さすがは、緑鳥戦士」
「緑鳥戦士?」
ティマはわずかに驚いた表情を見せた。
「かつては、その力を持って一軍を地に沈めたこともあると言われるほどのことはあるわ。 増々、気に入ったわ?」
(気に入った?)
「けれど、いくら風の神に見入らし者でも、わたくしに勝てまして?」
クシュナは不敵に微笑んだ。

「この霧の原料なんだと思います?」
漂う甘い香りにアークは反射的に片手で口と鼻を押さえた。
「この霧にはラヴァティの花の花粉を混ぜてあるのよ」
「!!」
「ラヴァティの花の花粉ですって!!」
アークの代わりにティマが叫んだ。
「そうよ。薬師のあなたなら分かるでしょう。吸い込んだらただじゃすまないことを。
それに、速攻性の毒も含んでいるからね」
「どうして、あなたが毒を製造できるのです!?」
「あの方々には感謝しているは」
「あの方々?」
「そうよ。わたくしの封印を解いて下さった上に、わたくしのために働いて下さったのだから」
「まさか。あの、スケルトンは」
そこまで聞いてアークは気が付いた。
「そうよ。わたくしが殺した盗賊の方々よ」
「!!」
「あなた・・・」
ティマはギュウと杖を握り締めた。
「ラヴァティの花があると聞き付けて来た盗賊達よ」
「あなた、人を殺した上に、死者をそのように扱うとは。 生命を司る大母神ユーリスに使える者として、許せません」
ティマは大母神の紋章が刻まれた杖を掲げるが、言葉の語尾が掠れていた。
毒の効果が現われてきたのだろう。
それはアークや聖獣達も例外ではなかった。
頭がボーッとして、意識も朦朧としてきた。
目の前でクシュナの姿が霞む。
「いい夢を・・・」
クシュナの声が遠くに聞こえた。

「一体、どうなったの?」
広場に隣接する家の屋根の上で、イオは隣にいるリムノスに尋ねた。
「みんな、クシュナの術にかかっちゃったようだね」
その声からは焦りの様子がはっきりと分かった。
自分が足手纏いになることを知っていたイオは、 アーク達が全力で戦えるように邪魔にならない所へ移動したのだ。
ここならと思って様子を見ていたが、どうも様子がおかしい。
だいたいの事は分かったが、アークやティマの動きがない。
視線はあらぬ方向を向いており、目は虚ろだ。
クシュナの言ってたことから、幻術に掛かってしまったのだろう。
でも、イオやリムノスのように離れた所や高い所に避難していた者は全く掛かっていないことから、 おそらくあの周辺だけに強い毒がまかれているのだろう。
「これなら、ワルシャに結界張っててもらったほうがよかったんじゃ」
「そうかもしれないね。でも、ワルシャの結界ってあまり役に立たないのよね」
リムノスは重いため息を付いた。
「それよりも、幻術を解く方法考えないと」
「そうだね」
イオは思考を巡らした。
「予想から言って、幻術はこの霧に含まれる毒が切っ掛けにしているとボクは思う」
「そうすると、霧を止める。霧を出している何かを壊せばいいんだね」
イオはそう言いながら、家から持ってきた愛用の弓を出した。
相当使い込んだ跡がある物だ。
「でも、どこに・・・」
イオは目を凝らして、クシュナの周辺を観察した。
「この霧じゃ、ボクにも分かんないよ〜」
リムノスの風で霧を一時的に晴らすことは可能だが、今それをやると見つかる可能性が充分にある。
それでは、探す前にこちらがやられてしまう。
(風の精霊王様。どうか、導きを)
リムノスは焦る気持ちを押さえ、心の中で祈った。
それが通じたのか、または運命の導きという物か。
それは明らかになった。
リムノスは何か不思議な気配を感じた。
それは、敵意でも殺気でもない。
どこか、感じた事のある暖かな気配であった。
リムノスはそれを感じた方を見た。
イオもリムノスの様子に気が付き、同じ方向を見る。
2人の目の前で、1人の少女が姿を現わした。

金色の長い髪の13、4才の少女だった。
「どうしてここに」とリムノス思ったが、よくよく見れば、足下が霞んで見える。
この世の者でない証だ。
「セラ様・・・?」
リムノスは一瞬セラと見間違えたが、よくよく見れば、わずかにセラ姉妹とは違っていた。
長い金髪や顔立は同じだが、明るい茶色の瞳は、3姉妹の誰も持ってはいない物だった。
そのうえ、彼女が着ているのは、東の地方に伝えわる「着物」という物に似ていた。
そう考えた上でリムノスの結論はある人物に達していた。
最も、リムノスどころか、アークでさえその人物とは会ったことはなく、話に聞いた上での結論だ。
リムノスの結論は的を得ることになるが、もっとリムノスを驚かせる結果となった。
「<神の巫女>セリア様?」
リムノスがそう呟くと、その少女は首を振る代わりに笑ってみせた。
「どうして、ここに?なぜ、そのような姿で」
と、リムノスは続けようとしたが、それはイオの言葉に遮られた。
「セリアさん・・・泉(セン)さん・・・」
イオは<神の巫女>セリアの名をそう呼んだ。
「えっ・・・?」
リムノスは目を点にして、2人のことを見た。
「お久しぶりですね、イオ君。最後に会ったのは50年も前でしたね」
セリアは悲しげな表情でイオの事を見詰めている。
「泉さん、どうしてここに?」
「左手の香炉」
「えっ?」
「左手の香炉から霧が発生しています」
「それのためにわざわざ」
彼女は明るく微笑み、首を縦に振った。
「イオ君もアークさんも。私にとっては迷惑かけた方であり、恩人でもあります。
ピンチと分かりながら、助けに行かない訳には参りません」
その言葉にイオも明るく微笑み、「ありがとう」と礼を述べた。
イオはすぐに弓を準備しながら、アーク達の方を見た。
「イオ君の腕前なら充分に届きますが、この霧だと目的の人物に当たるかどうかまでは」
「確かに、難しいな〜」
「あの〜、ちょと聞いてもいい?」
リムノスは遠慮がちに2人に尋ねて来た。
「2人は知り合い?」
すると、セリアは即答で答えた。
「そうですわ」
「一応、従兄弟同士」
この後、リムノスがパニック状態に陥ったのは言うまでない。

アークは朦朧とした意識を払うため、無意識の内に頭を2、3回振った。
瞳を開けると、そこは無限の闇が広がる世界だった。
(ここは・・・)
アークは何が起こったかを思い出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「アーク・・・」
突然、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
アークが視線を上げると、目の前に長い金色の髪をなびかせた女性が立っていた。
「セラ・・・」
白い甲冑に身を包んだ彼女の名が口からこぼれでた。
「アーク・・・」
セラは悲し気な瞳でアークを見ている。
(落ち着け。落ち着くんだ。これは幻術。幻。セラは20年も前に死んだんだから)
アークは自分の心の中に言い聞かせた。
「アーク、ごめんなさい・・・」
セラはポロポロと涙を流し始めた。
「わたしがはやまったことをしなければ、こんなことには・・・」
「セラ・・・」
「本当にごめんなさい。私達のせいで」
「セラ。お前のせいじゃない。私にだって責任はある」
幻術だと分かっていても、アークは謝らずにはいられなかった。
いや、謝りたかったのだ。一度でもいいから。
「セラの本当の願いも考えず、セマを殺すようなに導いてしまった私に責任はある。謝るのは私の方だ」
「でも、セマがあなたにしたことは謝ってすむ事ではないわ」
「これは、私のした事への<業>。受けて当然だ。人を幸せに導くのが緑鳥戦士。
お前を幸せにしてやれなかった私は、緑鳥戦士として失格だ」
セラは涙を拭き優しく微笑むと、アークに告げた。
「大丈夫よ。もう苦しむ必要はないわ。私があなたの願いを叶えてあげる」

「私の願い?」
「そうよ」
セラはアークの前に右手を差し出した。
「この手を取って。そうすれば、あなたの願いが叶うわ」
「この手を」
なぜだか、頭が少しづつボウッとしてきた。
物事があまり深く考えられなくなって来る。
「そう。あなたの願い。」
「願い・・・」
「この手を取れば、あなたが愛した者達の所へ行けるわ。それに皆待ってるわ」
「みんなが・・・」
アークの脳裏にかつての仲間達の顔が思いだされる。
「そうよ。あなたの父上や母上。そして、わたしもね。だから」
アークは虚ろな瞳で、こっくりとうなずいた。
「そうだな」
その時、セラの顔が微かに笑みを浮かべたのをアークは全く気付いていなかった。
アークは何も考えず、セラのその手を取ろうと、手を伸ばし始めた。
その瞬間、セラの姿大きく歪んだ。
そして、闇が一瞬だけ白い霧に変わった。
<アーク様ーー!!>
アークの耳にアルクトゥールスの声が入って来る。
その声にアークはハッと気がついた。
反射的に伸ばしていた手も止まる。
「こうして、本当の世界を見る事もなかっただろうなって」
アークの脳裏に突然、イオの明るい声が響いた。
「どんなに辛くても自分に正直に精一杯生きる方が人生楽しくていいんじゃないかって」
これでいいのか?
本当にこれでいいのか?
確かに私の願いは死ぬ事。
そうすれば、この苦しみから逃れられると思っている。
けど、本当にそれで逃れられるのか?
逃れられても、本当にこれでいいのか?
自分が心の底から望んでいる事なのか?
自分の心は・・・。
本当に自分が願っている事は・・・。
「アーク。私は1人じゃない。アーク達が、居てくれるからがんばれるんだ。 アークも決して1人じゃないでしょう」
アークは思い出の中のセラの声で、ある事に気がついた。
そして、アークは左手で自分の右手を押さえながら、ゆっくりと引き戻した。
「アーク・・・?」
セラが不思議そうに尋ねる。
「セラ。悪いが、私はそこへは行けない。まだ、行けない」
セラの表情が僅かに曇った。
「私にはまだ、ここでしなければならない事があるんだ」
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
「確かに、どうでもいい事かも知れない。 でも、私はここで何かを見つけて、しなくては行けない。そんな気がするんだ」
そう言うアークの瞳には強い意志が満ちていた。
「アーク・・・」
セラは数歩後ろへと下がった。
「だから、まだそこへはいけない」
アークの前でセラの姿が歪み霞んで行く。
「ごめん、セラ」
アークは消えたセラにそう一言だけ詫びた。


10.死ねぬ者へ進む

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