幻想大陸聖伝 テバジャ

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――第十二章――
ラムザ
 

正体
 
俺達はエルピスの渓谷から帰ってきて、リリーと俺の二人で近くにある喫茶店に入った。 ケインも誘ったのだが、何かを察したのだろう。
「オレ、めんどくせえからいかねぇ」と言って宿に帰ってしまった。
そして今、二人で窓際の席に座り、俺はコーヒー、リリーはオレンジジュースを注文して、 俺は気まずい雰囲気に耐えられなくなり、リリーに、一番気になることを問う。
「で、何なんだよ。話って。」
俺は、コーヒーを飲みながら、テーブルの向こう側に座る、リリーを見る。
しばらくリリーは黙ったまま、じっとテーブルを見つめている。
おそらく言わなくてはならないことがあったのだろうけど、言いにくいのだろう。
大体察しは付いている。
きっと・・・
「ラムザのことか?」
その俺のセリフに、リリーはすぐさま反応し、言うのをためらうかのように、目をつぶった。 そして、リリーの吸い込まれそうな瞳は見開かれ、じっと俺を見た。
何かを、決意したかのように。
「ええ。」
リリーは俺の問いに答えた。
「この際です。はっきり言いましょう。
ラムザ様、いえラムザはリーセさん、貴方の兄です。」
「やっぱり、な。」
俺は再びコーヒーカップを口に運ぶ。
リリーを見ると、俺がわかっていたのがよっぽど意外だったらしく、驚愕の表情だ。
しばらく黙っていたが俺は痺れを切らして、コーヒーカップをソーサーの上に置く。
「よくよく考えてみるとすぐ分かるんだよ。
 あいつの表情、仕種。どれをとっても完璧にしつけを受けたとしか思えない。
 ・・・なーるほど。
 あの銀髪もそのせいか。」
俺は納得し、少しガラスの外を見る。


その心裏
 
ガラスの外には普段と何も変わらない、そんなふつーの日常があった。
(だーれも今、世界の危機だとは思わねえだろうなぁ)
わかってはいる。
この世界の危機など普通の人には関係ない。
ただ、この世界で常識じゃないことが常識になるだけのこと。
今の世界でいえば神・魔両族がいなくなるだけのこと。
実際に普通に暮らしている人々にとって、神族も魔族も関係ない。
だからそんなことはあたりまえなのだ。
だけど・・・理性では理解できても。
感情が理解してはくれない。
そんなこと、めったにないのに。
何故か無性に苛立ちが積もってゆく。
俺達は・・・こんなに一生懸命なのに。
誰も、気づいてはくれない。
誰も、気にも留めない。
誰も、感じようともしない。
世界が歪みはじめているということに。
「・・・そうです。ラムザ、彼は現神王。
 銀月王(シルバームーン)と呼ばれています。
 私自身、別れたのが彼が即位する以前ですし、大分時も経っているので
 ぱっと見はわかりませんでしたが。」
リリーはそこまで一息で言うと、ふうと少し息を付き、再び言いはじめる。
「彼が力を欲する理由。
 それは愛する人が居るため。
 愛する人と一緒にいられる世界を作るため。」
(愛する人が居るため?)
俺と同じ理由。
なのに・・・

「彼は相当思いつめています。
 なんせ、彼の愛する相手とは魔族の幹部なのですから。」
「魔族の、幹部だって・・・!」
俺は驚きのあまり椅子から立ち上がってしまった。
しかしリリーはそうなるのを予測していたかのように、
ちゅうとストローを吸い、俺を見つめる。
俺はしまったと思い直して再び椅子に座る。
「まあ、驚くのもわかりますよ。
 さらに驚くことに・・・その相手とは私の魔族の上司。
 フォッグなんですから。」
えっと俺は想い、再び立ち上がりそうになったが、なんとか理性を保つ。
「私が詳しいのもそのせいですが。」
「へえ。で、あいつは結ばれない現実を悲しんで、世界を捻じ曲げようとしているのか。
 まあ、それができるのは、俺達だけだけどな。
 ・・・ちょっとまて!
 んじゃああいつはどうやって世界を滅ぼそうとしているんだ!?」
リリーは一息ついて。
俺の目を覗き込む。
「憶測なのですみませんが、
 きっと寄生(パラサイト)しようとしているのかもしれません。」
寄生(パラサイト)だって!?


拭い切れぬ不安感
 
「そうです。リーセさんに寄生して体を乗っ取るつもりなんです。」
なんてこった。
俺は頭を抱えて悩んでしまった。
まさか、寄生するつもりだったなんて。
想像もしていなかった。
「ということは・・・ラムザ、しばらくは手を出してこないんじゃあ・・・
 ほら、だってよ。
 アリスが力を得なくっちゃ意味ねえ訳だろ。
 できるだけ楽したいだろうし。」
ええ、とリリーはうなずいて、とりあえずと続けた。
「今気を付けるべきは現魔王です。
 奴はかなりいかれてる人ですから。」
リリーが奴、と言うことは相当な人なんだろう。
「まあ、そんな奴が好きだっていう変な人もいますが。」
ふと手元を見ると、さっきまで熱かったコーヒーはすっかり冷えてしまっていた。
俺はぐいっとコーヒーカップを煽り口の中に流し込んだ。
リリーのほうを見ると、リリーのグラスには僅かな氷が残っているだけだった。
「とりあえず明日、出発しましょうか。」
そうだね、と俺は言いながら伝票を持つ。
立ち上がろうとすると、ぎっと空しく椅子がなった。

(アリス・・・)
元気にしているだろうか。
いや、元気にしているだろうけど。
なぜか胸騒ぎがして。
ぎゅっと伝票を握り締める。
その様子をリリーはきっと不信に思ったのだろう。
やさしく、俺に話し掛ける。
「アリスさんは大丈夫ですよ。
 絶対・・・」
そのリリーの言葉に俺は安心する。
きっと誰かに言ってもらいたかったのだろう。
なにか、心の奥の重い物が取り払われた気がした。
「・・・そうだな。」
俺は聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をし、その様子にリリーは安心して微笑んだ。
「じゃあ、行こうか。」
俺はコーヒーとオレンジジュースの代金をテーブルの上において歩き出す。
「私が払います。私が誘ったんだし。」
ひらひらと俺は手を振り、答える。
「んにゃ。何か俺が払いたい気分なんだ。 俺がこんなこと思うなんて滅多にねえんだから素直におごられとけ。」
リリーはやっと納得して席を立つ。
俺達は店の扉を開く。
何もなかったかのようにカランとなった鈴の音に何故か無性に不安感を覚えた。
ほんとにアリスは無事なのかと思わずにはいられなかった。
「じゃあ、宿屋に戻ろうか。」
俺はその言葉でその不安感をぬぐい払おうとする。
だけど。
なかなか拭い切れる物でもなかった。
「そうですね・・・」
そう、リリーが答えてくれたことによって少し不安感が消えたような気がした。


ケインは・・・
 
誰もいない部屋の中で、ケインはベッドに倒れ込むように寝そべっていた。
どのくらいこのままでいたのだろう。
もう日は大分傾いてしまった。
ケインの思うことはただ一つ。
リーセのことだけだった。
さっきはアリスにあんな事を言ったけど。
自分だって不安なのだ。
リーセのあまりの巨大な使命に。
アリスのように最初から居たわけではなく、
途中から入ってきたケインにとってはいまいち理解しきれてはいなかったが、
リーセのすることならいつでもついていってやると誓っていた。
はずだった。
「肝心なときになってなぁ・・・俺ってまだガキだったんだなあ。
 あんなことがあったっていうのに・・・」
ぎゅっとふとんをつかんで呟く。
はあ。
とため息を漏らして。
上向きに向き直る。
思い出す、三年前のこと。
「馬っ鹿馬鹿しいな。俺にあんな感情だなんて。
 似合わねえったらありゃしねえ。」
またケインはごろんと転がってポケットから写真を取り出す。
写っているのは一人の女性。
ケインはそれをリーセを見る瞳とは違う瞳で見つめる。
その時、ケインの瞳から何かが流れ落ちた。
その何かはとまることを知らないかのように流れ落ちてゆく。
「とにかく、俺にはやんなくちゃいけねえ事がありすぎる。
 なにか整理しなくちゃな。」
起き上がると写真を又ポケットにしまい直した。
ケインの望みはただ一つ。
――アイツの呪いを解き放つこと――
やり方はわかっている。
「神と魔を滅ぼすこと。」

そのためにはどうすればいいのか。
やっぱり・・・
ふと窓から聞こえてくる話し声。
その声にケインは微笑む。
まるで愛しい者を見るかのように。
「リーセについていくのがベストか。」
そう呟いて。
「らしくねえ。」
と涙をぬぐう。
「アイツを守ってやろうじゃねえか。
 ・・・この命が果てるまでな。」
そしてこう付け足すことも忘れずに。
・・・アイツのためになるのなら。
『アイツ』が誰かはわからない。
ただ。
その『アイツ』がケインのすべてである事は確か。
誰か知っているのはケインだけ。
消して話そうとはしないケインの空白の六年間。
なにが・・・あったのだろうか。
写真の女の人との間に。

ふんっと鼻を鳴らしケインはベッドから降りる。
そして窓際に立ち、外に向かって話し掛ける。
「待ってろよハルカ・・・
 おまえを必ず助けてやる。」

「あっケイン!」
窓の外から話し掛けられる。
道に立っている二人。
その二人の姿にケインは思わず微笑んでしまう。
「まってて!今いくから!」
そう言われて、ケインは心の中で呟いた。

『おまえを助けてやるよ・・・』


闇の中で動くモノ
 
暗闇の中に梟の鳴き声が響き渡る。
その中に、微かに草を踏む音がする。
音はだんだん大きくなり、ダンっと音がしたかと思うと、音はもうしなくなった。
それと同時に、宿屋の二階のある一室に黒い影が現れる。
影は二つあるベッドの奥の方、人が寝ているベッドに忍び寄る。

「こんな餓鬼が・・・?」
その影は呟くと向かいのベッドに座る。
「そんな・・・グレスの敵がこんな子供だったなんて・・・。」
そして手を額に当てため息を漏らす。
「とりあえず、命令は守んなきゃね。」
『憎らしき兄を見つけ次第、殺せ。』
その命令は、とても非情なことだ。
このフォッグ・・・いわゆる魔族三人王のフォッグと呼ばれる彼女は魔族の中ではかなりの穏健派で通っていた。
なぜか。
それは当たり前のこと。
彼女の恋人が現神王であるからだ、といわれている。
戦いを起こすと必ず恋人である神王と戦わなければならない。
だから争いを起こさないようにしているらしい。

それも一理ある理由。
だがそれだけではなかった。
魔族の中もかなり変わってきている。
魔族が三つに分かれてしまっているのだ。
一つは前魔王、ギャラクシーを慕う、前魔王派と呼ばれる人々。
その中には、

バルジェスナー
フォッグ配下でありながらかなりの武断派といわれている人物も居る。
だが、彼は古くからギャラクシーに仕えていて、心酔していた。
よって父であるギャラクシーを追い出し、自分が政権を取ったグレスを好むはずもない。

メゾナー
かなり若い人物で年齢的にはリーセと変わらなく、力を行使した経験もない。
力におぼれ、自分が魔族であり絶対の力を持っていると思っている。
そしてグレスに惚れており、グレスに絶対服従である。
なのでグレスを支持し、ギャラクシー支持派と敵対している。

そして
フォッグ
年齢的にはメゾナとバルジェスナの中間であり、
女という性別上、女好きであるギャラクシーを好まないのと、
そして絶対に神族と対立し、交戦を望んでいるグレスをも好まない。
よってどちらも支持しない穏健派である。
あと、もう一つ。
彼女が魔族のなかでも特別な出身だからである。

「アイツの命令に従うのも何だけど・・・」
そういって、ベッドに横たわる人物の首に手をかける。
手に力を込めようとした、その時・・・

「・・・・!!!」
一瞬にして彼女の手から力が抜けた。

一応念のためにいっておくが彼女も女である。
そして彼女の恋人がベッドに横たわる人物の兄である、ということも事実である。
「なんて、こと・・・?
 そりゃあ当たり前よね、あの人の弟なんだし。
 似ているに決まってるわ・・・。
 でも・・・。」
彼女の目に、離れて会えない恋人の顔が浮かぶ。
「それを除いても似ているわ。
 似すぎている・・・。
 ちがうわ。
 彼、そのもの・・・。」
彼女の恋人がなぜ神王なのか。
その理由。

彼女は実は人間出身なのである。
十二年前、駆け落ちした相手に逃げられて一人途方に暮れていたとき。
恋人を取り戻したいがため、彼の心を掴みたいがため黒魔術を行った。

黒魔術とは普通魔族しか使えない闇魔法を強制的に行う魔法である。
巫女などが使う魔法とは違い呪いなどを主な魔法として使う禁断魔法が多い。
そして本来魔力が大きかったフォッグは呼び出した上級魔族の力を吸い取ってしまった。 そのことにより、人間としては異常な魔力を持つようになったフォッグは、 人間としては生きてはいけなくなってしまったのである。

人間としては生きていけなくなったフォッグは誘われるがまま、魔族に入り、取り込んだ魔族の地位 ・・・すなわち三人王に入ったのである。

肝心のフォッグの恋人。
その恋人が現神王。
彼に実にそっくりだった。
彼にそっくりだということは・・・・・・

フォッグはベッドに横たわる人物の頬に手をかける。
だんだん顔を近づけていく。

そして・・・


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