夢って何だろう?
そう、小さい頃から考えていた。
町で、親子を見る度に。
孤児であった俺は、普通の生活は望めるはずもなく、
好きな職業なんて選べない。
だから、夢なんて、持った事はなかった。
孤児院とはいっても、小さい奴隷みたいなもので。
大きくなると奴隷にされるのがオチだ。
孤児院で学ぶのは、
奴隷の過ごし方、王の素晴らしさとか、
変な事ばかり。
俺にはその授業が嫌でたまらなかった。
「何で、こんなこと学ばなきゃいけないんだ?」
そう考えていると、この世の矛盾がありありと見えてくる。
そして、無性に苛立ってきて、
この矛盾を破壊したくなる。
そんな苛立ちを分かってくれたのは、
親友のケインだった。
俺とあいつは、
同じ年で、いつも一緒だった。
俗に言う、悪友と言ったところか。
女の子をからかったり、悪い事をしたり。
「俺達はいつまでも親友だぜ。」
とか、女の子が近付いてくると
(自分で言うのもなんだが、俺は結構もてていた)
「俺の恋人に何するんだよ」
とかふざけて言った。
あいつも顔はかなり良かったのに、
女には興味がなかったみたいだ。
黒髪のショートに茶色い意志の強そうな瞳。
あいつはいま、どうしているだろう。
もちろん、孤児の俺は冒険者になれる訳はなかった。
旅の商人とかのはなしを聞いているうちに、
冒険者(世界を飛び回るのなら何でも良かった)になりたくなった。
それはあいつも同じだったようで、
13の春、二人で孤児院を飛び出た。
そして、二人で誓い合った。
「大きくなったら再会しような」
そういって、別れた。
一緒に居たかったけど、それはお互いのためはならないので別れたのだ。
あれから6年。
あいつはどうしているだろうか……
うっ身体が軋むように痛い。どうしたのだろうか。
まるで、異物でも入り込んだみたいに。
身体中がぎしぎしいって、思い通りに力がはいらない。
俺は手をぎゅっと握り締め、体中に力を入れようとする。
でも無理だった。
そして、第二波がきた。
今度はさっきのなんか目じゃないくらいすっげえ痛い。
体中が小刻みに震えだしている。
もう、目を開けているのさえままならない。
もうどうしようもねえ……
俺はアリスのやつを助けなくちゃいけないのに何をしてるんだ?
!!
そういやあ、ここ、何処なんだ?
辺りは黒い何もない空間。
空気さえないようなこの空間は?
何処かで見たような……
気付かなかったけど、痛みは治まっていた。
おもわず身体中を触ってみる。
そうしたら、異物があった。
ぬるぬるしているもので、赤かった。
血……?
どうして?俺、怪我なんか……して……!!
その時、白い光の球体が現れた。
「リーセさ……。リー…さん。」
だんだん光の球体が人の形をしてきた。
そして、その発光物は手を伸ばしてきた。
声で確かめてみると、まさか……
「リーセさん。」
リリー!?
「リリー……?」
「リーセさん、戻ってきて……」
リリーらしき人物は、俺の手を取ろうとする。
血が付いた俺の手を。
「戻ってきて……。」
リリーらしき人物は俺を抱き、泣きながら呟くように言う。
「どうして……。」
「あなたが、心の中に閉じこもっている間に、凄い事が起こってしまったの。だから……」
「凄い事……?」
「ええ、それは言葉では言い表せないような凄い事。」
「戻ってこいって言われたって、戻りたくても戻れないんだよ。戻り方が分からないんだ。」
俺は、リリーの腕を振り払って言う。
「戻り方が……」
そして、リリーは俺の頬を柔らかく触る。
「リーセさん、何か、悩んでいる事など……?」
「悩み事?そんな事あるわけ……」
「嘘を付かないで。無かったらこんな心の中になんかいないはずよ。」
「ここ、心の中なのか?」
「ええ、あなたの心の中。暗いわね。真っ暗。何か後悔でもしたのですか?」
「後悔……?」
「ええ、黒は後悔の色。そうね、このごろあなたが後悔した事といえば、アリスさんの……」
「黙れ!!」
俺はリリーの肩をつかみ、叫んだ。
「あっいや…ごめん。」
「いいえ、私がここに来たのはそのせいです。」
「そのせい?」
「ええ、アリスさんが」
「アリスがどうかしたのか?」
「あっその……」
そうして、リリーは俺が心の中に閉じこもっていた間の出来事を話し始めた。
「あなたが、自分を失った後、アナタ自身でアリスさんの意識をよみがえらせ、メゾナを倒しました。」
「俺、が?」
コクン。
リリーは大きくうなずいて、話を続けた。
「そのあと、恐ろしい事が起きました。
リーセさん、あの場所に、ティーン様がいなかったのをごぞんじですよね。」
「そう言えばいなかったような……。」
「ティーン様は、本当に連れ去られていたのです。
わたしたちが、ティーン様がいない事に気づき、
ティーンさんの部屋に行ってみるとそこにはなにも無かったのです。
ラムザさんに聞いたところ、ここに決めたというのはティーン様だと言う事ですから、
ティーン様が御自分で出て行かれた事はないと思います。」
「ちょっと水を差すようで悪いんだけどさ。なんで、あんた母さんのこと、ティーン様っていうの?」
「言っていませんでしたっけ?」
リリーは言葉に詰まったように言う。
「わたし、神族にいた時、ティーン様の親衛隊長をつとめて……。」
「俺、あんたが神族にいた事も聞いてねえぞ。」
「あっそうでしたっけ?
あなたのおじいさま、つまり前神王と、わたしの祖父が兄弟なのです。
つまり、わたしとあなたは血がつながっていると言う事です。」
「んじゃあなんで、いま魔族にいるんだ?」
「決まってるじゃないですか。神族に嫌気が差したんですよ。
だっていくら一族のためとはいえ、自分の唯一の娘を宿敵なんかに差し出すだなんて、常識はずれもいいところ。
それに、わたしはティーン様を愛し……
いえ、尊敬しておりますから、ティーン様のお側についていきたかったのです。
そうしたら、魔族で、ティーン様の親衛隊長としての実力を買われて、
幻想戦争で空きが出た第三席におさまったというわけです。」
「ふーん。」
俺は納得もしないし、飽きれもしなかった。
どっちも悪いような気もするし。
「ごめん、元の話を続けて。」
「はい。アリスさんの事ですが、意識は取り戻したんですけど、
あなたがこういう状態だって事を知ると、なにも食べなくなってしまって。
そして、ずっと泣いてばっかりなんです。」
「泣いてばっかり?」
「そうです、泣いたまま、起きてこないんです。
もう五日もたっているのに、何も食べなくて、このままじゃ餓死しそうです!
それに、お医者さまにも聞いたところ、どうやら精神病にもかかっていそうだと言う事で。
外傷はもうありません。内面的な物です。」
「俺が、戻らねえと、やべーんだな?」
「ええ。」
「ようし!戻るぞ!」
「え!本当ですか?」
リリーは歓ぶ。
「あっ周りが……」
暗かった俺の周囲が、水色になっていく。
リリーは俺の手を取り、空を飛ぶように、下に降りていく。
良く見たら、下は砂漠で、その中に小さな白い物が見える。
あれが神殿だろうか。
神殿の屋根を通り抜けて、横たわっている俺と、
ベッドによりそりながら寝るような形をしているリリーが見える。
俺は一瞬躊躇し、空中に止まる。
「大丈夫、アリスさんを助けたいのでしょ?」
リリーは俺の手をひっぱって、俺の体へ押し込んだ。
「さあ、目覚めて……」
意識が遠くなりそうな中で、リリーの優しい声を聞いたような気がした。
っふっ
瞳を開くと、リリーのやさしい微笑みがあった。
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