幻想大陸聖伝 テバジャ

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――第八章――
善と悪
 
辺りに広がるは一面の海。耳に届く音は波の音のみ。 雲一つない空を、カモメ達が飛んでいく。潮風が心地いい。 程よい日差しも、その潮風を引き立てているようだ。 海は日の光を反射して、きらきら輝いている。
俺達は、アレンを出て、海を挟んで対岸の港町オニスに向かっている。 もちろん船は貸しきりで、俺達のほかには客は誰もいない。 俺とアリスは甲板へ出て、ラムザとリリーは船室にいる。 ケインは船の中を歩き回っているらしい。 船は結構大型で、俺達五人にはもったいないくらいだ。
「おい、そんなに身を乗り出すと危ないぞ。」
アリスは、かなり柵から身を乗り出している。 しかし、アリスはそんなことお構い無しに更に身を乗り出す。
「大丈夫だってば。リーセもそんな辛気臭い顔してないの。ほら笑って笑って。」
そういって、俺の頬をつねる。
「まあ、理由は分かるけどね。ケインが付いてきた事でしょ? 俺達の闘いに巻き込まれるから、連れてきたくなかったのにって。でも私、嫉妬しちゃうな。」
アリスは俺のほうを向いて、柵に手をかけて寄りかかる。
「え?」
「だって、リーセにそこまで心配されてんだもん。私は、どうなのよって感じ。 私は巻き込まれてもどうでもいいって、感じでさ。 あっそんなに困った顔しないでよ。私は大丈夫よ。マグナーシュもあるしね。 そんな事よりもさ、私はリーセに必要されているという事のほうがうれしいのよ。 それよりも私とケインとじゃリーセの心の中で閉めてる場所が違うし、闘ってもしょうがないじゃない。」
そういいながら微笑む。 丁度日の光がアリスの右側からあたり、とても綺麗だ。

「リーセめーっけ!!」
後ろからケインが抱き付いてくる。
「何処行ってたんだよ。オレ、心配したんだぞ。」
俺の顔を見て、駄々をこねた時のような顔をする。
「お前、キャラ変わってないか?」
「え?そぉ?オレはそんなに変わってないつもりだけど?」
ケインはそういって俺から離れ、自分の服を見る。
「やる事もだけどな。まずはその服装!!」
俺はケインを指差す。
「は?この服?これでも一番地味なやつ持ってきたつもりなんだぜ?」
きょとんとしたように言うケインにアリスは腹を抱えて笑う。
「ははははは。そんなカッコで地味〜?笑っちゃうわ。」
「お前もひとのこといえる格好してんのかよ。」
「ふふん。この服は一応ブランド品なんだから。」
「この格好だって有名ブランドの品なんだぜ。 このノンスリーブの青緑のシャツに同色の帽子。腰巻きは青緑のライン入りの高級品。 水晶の飾りつきのヘアバンドにスパッツは最高級品。どこからみても最高だろ?」
「お前ら、俺達が船に乗る時に言われた言葉、覚えてるよな。」
俺は一呼吸おいて続ける。
「踊り子さん達とそのボディガード達って言われたんだぜ。 ただでさえお前らすごく目立つのにこれ以上目立つような行動はするな!」
俺の声にびっくりして二人は黙る。
「そうですね。目立つような行動は避けたいので、なるべく早く終わらせて下さいね。」
背後から声がする。俺達は後ろを振り返る。
「誰だ?」
しゃいいぃぃぃん。
背後に、にこにこしている顔をしたロングの茶色い髪の男が現れる。
「はじめまして。リーセ様。私の名前は神族左大臣ユースといいます。 あなたを神界へお連れしにきました。」
「神界?」
「ええ。神界とは神族の住む場所です。ティーン様からお教えいただきました。」
「母さんからだと?」
「はい。ティーン様は先ほど、神界にお戻りになられました。」
「!!」
俺とアリスは驚く。その中、ケインは、俺を見て尋ねる。
「母さんって…誰だ?神族って?」

やばい。やばいぞ。
これは史上最大のピンチだ。
もちろん神族の右大臣という大幹部が出てきた事もある。
でも、それ以上に、ケインに神族、魔族との関わりがばれてしまう恐れがあるからだ。
「リーセ様、あなたには神界においで頂きます。もちろん魔族等のように手荒なまねはいたしません。 リーセ様が真剣にやれば私など、かないっこありませんから。」
ユースは静かに微笑み、そう言った。その静けさがやけに不気味だった。
ケインは俺を船室への入り口まで連れて行く。
「神族?魔族?母さん?神界?リーセ様?」
そう呟き、俺の胸倉をつかみ、壁に叩き付けた。
「どういうことだ?」
鋭い眼差しで俺をにらむが、俺は目線をそらす。
「ごめん、言えない。」
言えるはずがない。俺が神族と魔族とのハーフだって知られたら、 ケインは今までの通り接してくれなくなってしまう。それだけは防ぎたい。
「どうしてだ?オレ達何でも言い合える親友なんじゃ無かったのかよ!! そう思ってたのはオレだけだったってことか?おい!黙ってないでなんか言えよ!!」
ケインのよく見ると色の違う瞳は、ぎらぎらと輝いている。
「ケイン。」
「あ?」
「下に手こぎの1人用の船がある。それに乗って逃げてくれ。」
「!!」
ドガアアァァァ
ケインは俺の左頬を思いっきり拳で殴る。
「っつぅ……」
「当たり前だ馬鹿ぁ!!んなことできるわけねえじゃねえかよ! リーセを置いて逃げろっていうのか!」
「嫌だっていっても無理矢理にでも連れて行く。」
俺はケインの肩に手を置く。
神族には俺の今もっているマグナーシュはきかない。 だから聖の反対の属性である魔のマグナーシュを俺の中から解き放たなくてはならなくなる。 その力を解放する時、俺自身がどうなってしまうから分からない。
俺は瞳を閉じ、呪文を唱える。
「我が体の中に眠りし、神なる力
  その力を今解き放ち彼の物を 
   我の思いし場所……!!」
「ざけんじゃねえ!ここでそのマグナーシュを使ったらオレにその力の事を教えてる事になるんだぞ。 とにかく!さっきの事はおいといて、お前は何したいんだ?」
「神界には行きたくない。」
俺はそう呟く。いや、正確にはそう喋らせられているってところか。
ケインは俺に背を向け、ガッツポーズをして振り向く。
「そう、言えるじゃねえか。オレの本職話してなかったよな。オレの本職は幻惑師兼格闘家だ。」
そう自信満々の笑顔とともに――

「答えは、決まりましたか?」
ユースが俺に聞く。
「……」
俺は何も答えずに、剣を構え、ユースに投げつける。
だが、ユースは想像どおり剣を難なくかわす。
「私を攻撃してくるという事は、神族を敵に回すと受けとってかまいませんね。」
「ああ……」
「そうですか……。」
ユースは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに表情が変わった。
まるで、神聖な存在ではないような――
「邪魔な物は、直ちに抹殺します!!」
ユースは俺に向かって走りながら、右手の刃のような爪を伸ばして俺に切り込んでくる。
「うわあ!これが神族の闘いなのかよ!!」
ケインはそう叫び、呪文を唱えるポーズを取る。
(そうだ!忘れてた!!)
「アリス!あんまり大きなわざは使うな!船が焼けちまう。」
「分かってる!!」
アリスは小さく呪文を唱え、右手に小さな炎を出す。
「こんな闘い方、魔族以上に魔族よぉ!!」
そうアリスがいうと、ユースはすぐさま反応する。
「魔族なんかと一緒にしないでください!!」

「一緒だろぉ!お前ら幻想戦争で何人死んだと思ってんだよ!
十億人だぞ!十億人!全人口の半分も滅んだんだ!
おんなじように、人間を虐殺したじゃねえか!!」
そう、ケインがいう。
(別れてる間に何があったんだろ……)
そう、俺はユースの攻撃をかわしながら考える。
(しつこいな……)
そう思ったその時だった。
ドガアァァァ!!
「はぐっっ」
ケインが俺を攻撃しているユースを殴り付ける。
俺を殴った時の二倍くらいパワーがありそうだ。
「痛いだろ?お前らが虐殺した人たちも痛かったんだぜ!
そこんとこ、覚えとけ!」
そう叫んだ後、念を押すように腹をもう一発殴る。
「……」
(俺はどうなんだろう?人間でもない、魔族でも神族でもない)
そう俺は思い、剣を下げる。
「リーセ……?」
「……」
「どうした?リーセ?」
(何で、俺は闘ってるんだろう)
素朴な疑問が頭の中をよぎる。


言葉と影
 
コンコン
ラムザの部屋のドアをたたく音がする。
「はい。鍵は開いていますよ。」
人がドアを開け、部屋に入ってくる。
ラムザは中央の円形テーブルの脇の椅子に座り本を読んでいる。そして光が遮られたので、上を見る。
「おや、リリーさんじゃないですか。どうかしたんですか?」
ラムザはさりげなく右手で向かい側の椅子を差し、リリーが座るのを勧める。 リリーは迷いもなく椅子に座る。
「ラムザさん。いいえ、ラムザ様。一体なにをなさるつもりなのですか?」
「…………何で、ですか?」
ラムザは本をたたみ、テーブルに置きながら、リリーのほうを見る。
「まずは第一にケインさんを危険は分かっていたはずなのに何故連れてきたのか。 第二に何故リーセ様に付いて来るのか、ということですわ。」
リリーはそう言い、瞳を閉じる。
「そうですね。二つ目の質問は簡単ですよ。リーセは私の部下ですから。」
「嘘を付かないで下さい。リーセ様が伝説のテバジャだって事知ってて近付いてきたんでしょう。」
ラムザは椅子を離れ、テラスに出て海を見つめている。
「本当に偶然ですよ。リーセと出会ったのは。とてもびっくりしましたけどね……」
ラムザは潮風に髪をなびかせ、昔を懐かしむように瞳を閉じた。

『リーセが13歳の夏のことでしたね。私がストリートキッズの集う通りを通った時でした。 ビルとビルの間で喧嘩をしていたんです。 ストリートキッズの喧嘩はしょっちゅうの事ですが、私はなぜか目を離せなかった少年がいました。 人数的にはもう一対五でもうぼろぼろでしたが、少年の目は輝いて見えました。 私は少年に惚れてしまったのでしょうね。少年を知らないうちに助けていました。 少年を助けると私ははっとしましたよ。彼の瞳はサファイアのように、真っ青でした。 これは何か有りそうだと思い拾ったんです。 その後、リーセが伝説のテバジャだという事を彼のロケットを見て知りました。 アリスさんも同じです。町をさ迷っていたところを、彼女の真っ赤な瞳に惚れて引き取ったんです。 二人は引き取る前に試験であっていたようですよ。受けたのは大分昔のようでしたけど。』

「…………」
「信じては、くれないようですね。」
「あたりまえです。」
ラムザはリリーのほうに振り向き言う。
「質問の答えとしてはリーセのレベルアップという事です。」
「レベルアップですって?」
ラムザは微笑む。
「リーセは聖の力を怒りで出しました。しかし今回の敵は聖の攻撃は通じません。 さてリーセはどうやって魔の力を引き出すのでしょうね。」
「何故、そんな事を。」
リリーは椅子から立ち、言う。
「理由はあなたと似たようなものです。神と魔という事に、苛立ちを覚えているのですよ。 なぜ、その世にそんなものがあるのか。」
「あの噂は…本当だったようですね……」
リリーは失望したような顔をする。
「ええ。」
「あなたの望みはこの世界の破壊ですか? この世の不条理を解決するために、自分の望みだけをかなえるためにこの世界を滅ぼすというのですか? そのために自分の部下でさえも、自分の弟でさえも手駒にするというのですか!!」
「黙りなさい!!滅多な事を口にするのではありません!」
そうラムザに怒鳴られ、しゅんとするリリー。
「……ごめんなさい……でも、リーセ様を利用してこの世界を滅ぼしても自分も滅びてしまうのでは……」
「私がそのことについて何にも考えていないとでも思っているのですか?」
ラムザは部屋のテーブルに近付いてくる。

ラムザはリリーのとなりに来て言う。
「伝説のテバジャの条件はなんだか知っていますか?」
そう聞くと、リリーは
「神と魔の両方の力を併せ持つ事。……でも後一つ何かあった気が……」
「そうです。ルビーの赤の瞳とサファイアの青の瞳。」
リリーははっとして叫ぶ。
「まさか!」
「ふふ。この瞳はね、防御壁になるのだそうだ。自分が被害を持てないようにね。 二つでコランダムと呼ばれているよ。」
「寄生でもする気ですか!!そんな!寄生だなんて……」
ラムザはテラスの方に歩いていき
「もう、潮時かな。」
そう言って、ラムザのからだが浮き上がる。
「ラムザ様!!」
「リーセに、弟に伝えておいて下さい。せめて、世界を作り替えてくれと……」
そういって、空の彼方へ飛び去っていった。
その時、船が大きく揺れ、船の甲板で戦闘が始まった。


未来のことを…
 
「リーセ様!」
リリーが階段を上り、甲板へ出た。
「どうしてユースがここに!」
リリーはそう言うと俺を見ていう。
「リーセ様!気をつけてください!ユースは神族でも有名な殺し好きです!」
「殺し、好きぃ!?」
ケインが言う。
「俺以上だわ……」
ケインはあらまあと言うような顔をしながら言う。
「お前…殺し…やってたのか?」
俺が聞くとケインはとぼける。
「やってないってば。」
「……」
「おや、リリー様ではないですか。 ティーン様の親衛隊長である貴方がティーン様をお守りしなくてはしょうがないでしょう。 早く戻って下さいよ。」
ユースはそう言い右手を差し出す。
するとリリーは声を大きくしながら、
「私は今までティーン様を尊敬していました。 あの神族のために身を危なくしてまでささげる姿はとても汚れのないように見えました。 他の神族とは違うように見えました。」
リリーは声を張り上げ叫ぶようにしていう。
「あの方も他の親族と一緒だった!! 自分達一族のためならば自分の子供の意思も考えない! 自分の一族のほうが子供よりも大切なのよ!! それに私はリーセ様に惚れています! あそこまで人を愛せるだなんて。 私はアリスさんを見つめているリーセ様に惚れたのですわ! 愛する事の素晴らしさを教えてもらったのですわ!」
リリーの頬から涙がこぼれ落ちた。
「……」
俺は泣き叫ぶリリーに何も言えず、黙り込んでいた。
「そうですか。それでは貴方も敵にまわると?」
「……なんとでも受け取ってかまわないわ。」
ユースは目を閉じ、ギッと瞳を開け叫ぶ。
「敵は蹴散らすのみ!!!!」
リリーにユースが襲い掛かる。
「リリー!!」

リリーは間一髪の所でかわしユースの爪が頬をかすめるだけですんだ。 ユースは再び身を翻しリリーに襲い掛かる。
「!!」
ザシュゥゥゥ!!
腹を抱えリリーは倒れ込む。 俺はリリーに近づき回復魔法をかける。
「あり…が…とう…ご…ざい…ま…す…」
血がにじみ彼女の白いローブが血に染まっていく。
一瞬この前のアリスが、血まみれになったアリスの姿が俺の脳裏に蘇る。
「うわあ!!」
「きゃあ!!」
俺は二人の叫び声を聞きリリーを静かに置いて二人に近付く。 ケインは肩、アリスは足に怪我を負っていた。 ケインの肩から流れている血と、アリスの肩から流れ落ちる血は交じり更に広がっていく。
(あれ以上血が出たら死んでしまう)
そう思って二人の傷口に手を置き回復魔法をかける。
「サンキュ。リーセ。」
「アリガト。」
魔法をかけながら俺は考えた。

(俺は何のために闘っているのだろう……
神族か魔族に早く入ってしまえば、楽になるのに。
何で……?)

俺は肩を押さえているケインを見る。
(ケイン……
俺を小さい頃から知っている親友。
いつもやさしい瞳で見つめてくれている。
そばにいてくれるととても安心できる。
俺の大切な人。
ずっと一緒に居たい大切な人。)
俺は振り返り、倒れ込んでいるリリーを見る。
(リリー。
俺の唯一見方になってくれた血族。
俺と身の上が少し似ている、神族であり魔族でもある人。
だから、とても連帯感が持てる。
俺の大切な人。
何時までも一緒にいたい大切な人。)
俺は足を押さえているアリスを見る。
(アリス……
俺のパートナーであり妻でもある人。
六年間ずっと一緒でがんばってきた人。
信頼感があって、愛している人。
俺の大切な人。
永遠に一緒に居たい大切な人。)
「どうしたのですか?三人も守りながら闘えますか?降参するなら今ですよ。」
ユースは言う。
(守る?
三人を?
違う……
それは……)
「馬鹿言うんじゃねえよ。」
しゃがんでいたケインは肩を押さえながらよろよろと立ち上がり、言う。
「俺達はリーセに守ってもらうためにここにいるわけじゃねえ。 守ってもらうならいっそ死んだ方がマシだ。俺達はなあ、
リーセと一緒に居てぇからココに居るんだよ!!!!」

(!!
そうか……
俺が闘う理由。
それは、
皆と一緒に居たいからなんだ!
一緒に時を刻みたいからなんだ!!)
その時、空が輝き、声が聞こえてきた。
『そうだ、リーセ……
 闘う理由を知ったお前に、新しい力を授けよう。
 これは敵を蹴散らす力ではない。
 仲間と一緒に居るための力だ……』
その光は一直線に俺に放り注いでくる。
そして俺は上空にあがっていく。
俺は身体を仰け反らせ、腕を組む。
バサッッ!!
俺の肩に翼がはえる。
黒い、黒い翼が。
「そんな…魔の力が目覚めた?
それにこの声は誰の物なんだ?」
ユースは呟く。
「ユース……
俺の大切な人々を傷つけたお返しをさせてもらうよ……
是非、受け取ってくれ。」
俺は右手を振りあげ、指先に黒い球体を作る。
それをユースに向かって撃ち放つ。
ドスッ!!
球体はユースの心臓を貫き、消滅した。
「そ……んな…。私が…負けた?そんな馬鹿な…。
そんな馬鹿なぁっっっ!!!」
そう叫びながらユースは消滅した……。


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