Trail−跡−

 
「ンどわぁぁぁっ! や、やめてくれぇフィリア!」
「もぉ許さないっ! カルラがどういう人かってことがよっくわかったわ!」
 フィリアは、淡く光っている右手をカルラに向け、甲高い声で叫ぶ。
「お、落ちつけって! お前にそっちの趣味があるんだったら俺だってだなぁ……!」
 カルラは、椅子に座らされ、縄で手足を縛られている。必死に低効しているが、ほどける様子はない。 どうやらこのロープ、火鼠の毛を使用しているしているようだ。 百九十cmもある彼を、いともたやすく縛り付けている。
「まぁぁだ自分の置かれた状況が把握できてないようね……」
 ギロリ、とカルラを睨む。
「い、いいじゃねぇかよぉ……たかが女の一人や二人……いつものことだろ? な?」
 笑顔で言う彼。しかしフィリアは無論、
「あんたよくそんな事が言えるわね!? 今日私達にとってどんな日か分かってんの!?」
「え……きょ、今日??」
 すごい迫力でせまるフィリア。とぼけた顔でごまかすカルラ。
「だあぁぁぁっ! やっぱり忘れてる!」
「ま、待て! もうすぐ思い出しそうな気配だから!」
「もぉぉいい! 今日と言う今日はホントにキレたわ! よりによってこんな日にぃぃぃっ!」
「だ、だから落ちつけぇっ! その手を下ろせ! なっ! なっ!?」
「問答無用ぉ!!」
 フィリアの叫びと同時に、振りかざした両手から眩いほどの閃光がほとばしる!
「どっしぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

――序章――
天才の失策 〜哀れな末路〜
 
 遥かに広がる大草原。ここは自然の国、ラ=ティル――
 太陽が眩しいくらいに光りを放ち、爽やかな風が辺りを包む。 木々は揺れ、草花は風を煽りながら踊りつづける。空は真っ青で、雲一つない。まさに快晴だ。
「――こらっ! いい加減に捕まれ!」
 そんな中、甲高い男の声が響く。
「く、くそぉ! なんだってあの『有名人』が俺の事を追ってるんだよ!」
 広大な大地を踏みながら、二人の男が『追いかけっこ』を繰り広げている。 その端で、木陰で涼みながら、リリスはうんざりとしたように、ポツリと呟いた。
「お金がないのよねぇ……お金が……」
 はう。
 そしてまた一つため息。

「とう!」
 ダッ!
「げぇ!?」
 追いかけている方の男は、大地を蹴り、宙に浮く。 そして、抜き放った剣をそのまま追っていた男に斬りつけた!
「ひ、ひぃ!」
 ザンッ!
「――………………――?」
 男が振り下ろした剣は、見事に地面を割っていた。しかし、追われた方の男に傷は見られない。 男は腰を抜かし、土の上にへたり込んだまま動かなくなる。
「さ、大人しく役所に行きましょう♪」
 ラースは、剣を肩に担ぎ、にこやかな笑顔でそう言った。
 女のような容姿で、真っ白な髪の毛。右耳には大きな青い玉が入ったピアスがつけられている。 服は、剣士だというのに鎧も纏っておらず、いたって普通。 いや、少し目立ち目の私服を身に着けている。
 へたり込んでいる男に手を差し伸べるラース。
「……」
 少し戸惑うような素振りを見せたものの、男も微笑を浮かべ、その手を握り締める。 しかし次の瞬間、
「――甘いんだよ! ラース!」
「はい?」
 叫ぶ男。とぼけた顔を見せるラース。そして次の瞬間、
「火炎!」
 男の力ある言葉を合図に、握り締めた手が眩く光り、そして、

バグォォン!

 大爆発を起こし、炎がラースを包む!
「ケケケッ! どんな大物かと思やぁ! こんな簡単に殺せるとは思っても見なかったぜぇ!」
 さっきまで腰を抜かしていた男は、いつの間にかその場を離れ、 数メートル後で立ちこめる炎を眺めていた。
 ――先ほど男が叫んだもの――あれこそが、世に言う魔法というものである。 呪文と呼ばれるものを唱えると、別世界からの力が具現化されて、形となって解き放たれるのだ。

「バカめ! このグラズ様を捕まえようなど、百年早いんだよ! ボケ! アホ! 間抜け!」
 次々と罵声を投げかけるグラズ。しかし、その内容は小学生……
 炎は地面の草花にまで広がる。ラースがいた辺りに生えていた草花は焼け焦げ、塵となっていた。 ――しかし、そこから数cmいったところで、ピタリ、と、炎が止まった――
「あ、あれ?」
 不思議に思い、近寄るグラズ。

バウンッ!

「!?」
 その時、ラースに渦巻いていた炎は、火力を増し、空へと突き進む。 そして、その足元には、六防星の紋章が刻まれていた。
「――だぁれぇがバカだとぉぉぉっ……!?」
「だっ!? えぇぇぇぇぇぇ!?」
 再び腰を抜かすグラズ。そして炎の中から、一つの影を見つける。
「……ったく。ラースの野郎は相変わらずの甘ちゃんだ」
 炎の中から現れた影は、うんざりと、頭をかきむしる。
 炎の中から出てきた人物。それは、間違いなくラースの姿であった。 火傷も負っておらず、肉眼でも見える薄い光の壁を纏いながら、一歩、また一歩とグラズに近寄る。
 しかし、声質と口調が全く違う。口調は冷淡になり、声質はラースよりも低い。 そしてなによりも違っていたのが『殺気』だ。それだけが、この男から放出されているようであった。 そしてもう一つ。
 ――耳につけていた青いピアスが、真紅へと変色していた――
「あ、あんたホントにラースか!?」
 腰を抜かしたまま、指を指して言うグラズ。
「あン? 俺様はあんな青びょうたんじゃねぇぇよ。
 俺様は! 世界の女が寄って掛かってすがりつく、超絶美形の天才大魔道士!  カルラ=スパルグ様だ!」
「カ……カ、カルラァァァァァ!? あ、あの外道は数年前に死んだんじゃあ!?  それに、さっきまでラースって言ってたじゃねぇか!」
「パニクッてんじゃねぇよ! この三流悪役が!」
「ひっ!」
 カルラはグラズを睨みつける。それは、とても冷たい。 いや、むしろ凍っているといってもいいのだろうか。 グラズの体は震え、まともにカルラ、もといラースの目を見ることができない。
「だいたいだ……なんで俺様がラースの尻拭いしなきゃなんねぇんだよ……」
 怯えるグラズを尻目に、なにやらブツブツと呟くカルラ。

 今、グラズの頭は、疑問で埋め尽くされていた。
――確かに今さっきまで俺を追っかけまわしてたのはラースだよなぁ?  でもさっきあいつは自分でカルラって言ったよなぁ? でも声が違うし、やっぱあいつはカルラ?  いやいや、最初にあいつは 「どうも♪ フリー・コントラクターのラースといいます♪ 今日はあなたを捕まえに来ましたぁ♪」 なんて言ってたし……
 謎が謎を呼ぶ――まさにこの事であろう。 しかし、この謎を解き明かすような術を、このグラズが持ち合わせているわけがない。
「――ま、いいか。とにかく、お前には死んでもらうぜ」
「えっ! 役所に突き出すだけだっていったじゃないかよ!」
「それは『ラースが』言ったんだろう?」
 不気味な笑顔を見せるカルラ。
「俺の事を『バカ』呼ばわりした奴は生かしちゃおかねぇからなぁ」
 笑顔のまま、右手に光球をつくりながら言うカルラ。
「ひ、ひぃぃ!」
 恐怖で狂ったのか、腰に携えてあったナイフをカルラに向って突き立てる。 しかし、いともあっさりと、残った左手でそれを受け流し、
「――地獄でもうちょっと人の殺し方、勉強してきな」
「ぎえぇぇぇぇっ!」
 泣き喚くグラズ。それを見て、カルラはにぃ、と笑い、
「瞬炎」

ドウ!

 跡形もなく塵となるグラズ。骨さえも残らず、その塵は、風にあおられ、宙に散る。
「………」
 ――彼は、その塵を見ながら、何か異様な満足感に浸っていた。
 人を殺す。それが快楽である、という感覚が、彼の本能の中にあったからだ。
「相変わらずねぇ。カルラ。たかが盗み働いた男を殺すなんて」
 その快楽の余韻を打ち切るように掛けられた声。
「これはこれは。リリス姫」
 先ほどからずっと木陰で本を読んでいたリリィが、戦いが終ったことを確認して、こちらに歩み寄る。 そんな彼女に、ふざけた口調で言うカルラ。
「でもこれじゃ、仕事になんないんだけど……」
 ぴきぃ、と額に血管を浮かべるリリス。
「そんなの俺は関係ね――」

ガゴォ!

 カルラの言葉が言い終わる前に、 物凄い音と共に、カルラ、いや、ラースの顔にめり込むリリィの拳。
「関係ないわけないでしょうがぁ!」
「……ふぁい」

 ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。
 ぽかぽかとした朝。鳥のさえずりさえ、雰囲気をかもし出すBGMのように聞こえる。 そして、オレンジ色の綺麗な太陽が山から顔を出している。
 ――人目につかない山奥。そんな中に、一つのロッジがあった。
 朝はトーストにいちごジャム。コーヒーを片手にその味を堪能する。 横に添えてあるハーブの香りと、檜の机の香りが、よりいっそう食欲をかもし出してくれる。
 ラースは椅子に腰掛け、足を組み、コーヒーを一口啜って、
「……今日、なんか怒ってない?」
「別にぃ」
 そっけない返事。
 ラースは小首をかしげながらパンを一口かじり、
「今日……おかず少ないねぇ……」
 そう言いつつ、細目で机に並べられた(?)朝食を見渡す。
「そう? いつもどーりだと思うけど」
「いや、パンだけってのは……」
「何かご不満?」
「……」
 向いに座り、こちらの顔を見ずに言うリリス。何かを感じてか、言葉に詰まるラース。 しかし、分かっていることが一つだけあった。
 ――お、怒ってる! 絶対怒ってるよぉ!
 内心ハラハラしながらも、冷静を装い、組んでいた足を組替え、コーヒーを飲み干し、 机にひじをつきつつ、クールな顔立ちで言う。
「もしかして――あの日?」

どぐわし!

 「ぬわぁんちって♪」などとラースが言う前に、 リリスの右ストレートが見事に彼の顔にめり込んでいた。
「あんたねぇぇ……昨日言ってたことぜんっぜん忘れてるのね!」
 右拳をラースの顔にめりこましたまま、押し殺したような声で言うリリス。
「昨日……って……?」
 チョロっと出てきている鼻血を手でぬぐいつつも、笑顔で、しかし恐る恐る問いかけるラース。

「はぁ……この男は……」
 ため息をつき、ラースを見ないように、横を向いたまま、呟くように言うリリス。 肩をすくめ、落ちこんでいるようなそぶりを見せる彼女が心配なのか、急におろおろしだすラース。
「明日は私達がコンビ組んで丁度三年が立つ日だから、 おはようを言う前に『おめでとう』を言おうって言ってたのに……」
「あっ!」
 勢いよく立ちあがるラース。 そしてもじもじとした素振りを見せた後、人差し指を突きたて、笑顔で、
「お、おめでとう♪」
「おっそいのよ!」
 びぅ! とあとずさるラース。
「私、ものすごく楽しみにしてたのに……去年だって、その前の年だって、仕事忙しくて……」
 かなり細かい事を言う彼女。くすんくすんと、小さな涙を指でなぞるリリス。
 しかし、彼女、かなりまめな性格である……
「あ、あぁ! そうだ! 今日『依頼』来てたっけ!?」
 立ちあがったまま叫ぶように言うラース。
「話をそらすなぁぁぁっ!」

ガゴォウン!

「くふぅ!」
 そのまま再び鼻血をを吹き出して倒れこむラース。その後、少し痙攣した後、動かなくなる。 どうやら気を失っているようだ。
 しかし、リリスって良い右を持ってる……
 ――はぁ……私なんでこんなの好きになっちゃったんだろ?
 少し憂鬱になる彼女。自分で言ってりゃ世話ないのだが……
 ――しかし、この気持ちをまだラースは知らない――
「――ホントに、あんたも物好きだぜ。こんな奴ほっといて、俺と付き合った方がマシってもんだ」
「あらカルラ。おはよう」
 むくっと起き上がるラース。しかし、意識は『カルラ』だ。

――二重人格。平たく言えばそうなるだろう。
 だが、この『ラース=クレバイン』と『カルラ=スパルグ』の場合は少し違う。 一つの『体』に、二つの『魂』が入っているのだ。ちなみに、その『体』とはラースの体である。
「ラースは?」
「今気絶して意識なんてねぇよ。あんたのおかげでな」
 カルラ=スパルグ。世界最凶の大魔術師。世界の二分の一をその手に収めていた。 しかし、不慮の事故で、世界征服を目の前にして死んでしまったのだ。
 ――しかし。
 この男は、科学と魔法を使って成し遂げたのだ。――死者復活を。
 ――『魂変換装置』――それが彼の作ったものだ。
 死者の魂を違う体に移し変え、意識までも奪い取り、完全に自分のモノとする。 そして、その装置を使い、この、ラース=クレバインの体に魂を移し変えたのだ。
 しかし、その彼にも、予測不可能な、不幸な事件が起きたのだった。
「しかし……ホントにこいつ、『あの』ラースなのか?」
 頬杖をつき、ため息を漏らすカルラ。
「まぁ、一応ねぇ」
 意識を奪い取るには、その精神力よりも更に強い精神力でなければならない。 しかしカルラほどの男になると、自分の精神力に勝てるものはいないと自信があって、 その『制御法』を考えていなかったのだろう。
「あんたも、『そのラース』に自分の意識を制御されてんだから、ちょっとは自覚持ちなさい」
 そう。ラース=クレバインは、そのカルラの精神力よりも、更に強い精神力を持っていたのだ。
「世界最強の『フリー・コントラクター』ねぇ……」
 そしてカルラは、またため息を一つ。
 世界最強。まさにその通りの力を持ち合わせるラース。 この世界で、彼の名を知らない剣士、剣豪、また一般庶民の方で知らないものはないだろう。
 『フリー・コントラクター』というのは、まぁ、平たくいえば、『何でも屋』である。 不倫疑惑の追及から、各企業のスパイまで。もちろん人殺しまでも――
 そのおかげで、依頼は絶えず、そして大量に来るのだが、このラース、かなりの変わり者で、 自分の納得するようなものでないと、その仕事を請け負おうとしないのだ。 いくら金を積み上げられようとでも。そのおかげで、金不足(?)になり、 リリスは、その事態に物凄くあせりを感じているのだ。

「ふぅ……しばらくラース、起きないだろうから、あんたに今回の仕事内容伝えとくわ」
「お前の『力』で伝えれんだろ」
「そりゃ、あたしの『力』を使えば簡単に伝えれるけど……なんか……」
「なんか?」
「気まずいし」
 なぜか顔を赤らめて言うリリス。
「かぁぁっ! なんでぇなんでぇ! 照れてんのか!?」
 足をドカっと机の上に乗っけるカルラ。
「う、うっさいわねぇ! 私の勝手でしょ!」
「けけけ! 相変わらず奴には甘いよなぁ。やっぱラースにはベタぼれってか?」
「……っ!」
 ますます顔が赤くなるリリス。もうそれは沸騰して泡が立ちそうなくらいだ。 しかし、カルラのからかいに何も言えないことからして、真実としてそのことを認めているのであろう。
「今から仕事内容言うからね! ちゃんと聞いててよ!?」
 これ以上反論を続けても、自分が不利になることを察し、本題に移ろうとするリリス。
「へぇへぇ」
 にやけたままこっくりと頷くカルラ。
 そしてリリスは一呼吸置き、ゆっくりと話し始める。
「今回、カナン国の王様直々に手紙をよこして来たわ」
「カナンだと……?」
 顔をしかめるカルラ。
「今、カナンでは、他国の侵略を受けようとしているらしいの。 それで、各地から傭兵を集めてるらしいんだけど……
 ――それで、ここからをよく聞いてて頂戴」
 カルラの瞳を覗きこむように言うリリス。 カルラは、無言のまま彼女の瞳を覗き返す。
「――その侵略を企てている国こそが、あなたもよく知ってる、『アイリア帝国』なのよ――」
「なっ! なんだと!?」
 がたっ、と音を立てて立ちあがるカルラ。 その顔には、珍しく、驚きの表情と、困惑の表情が入り混じっていた。
「そうよ。三年前にあなたが育てあげ、そして世界の半分以上を侵略した、――あなたが作った帝国よ――」


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