砂糖菓子(ライトノベル)の演じる生死

2007年8月3日

 11ヶ月ぶりの更新です。今年もやってまいりました、夏恒例「富士見ミステリー文庫の絶版調査」であります。
 いえ、別に恒例のつもりはなかったのですが、一昨年昨年 と大変好評を頂きましたので、今年も実施することにいたしました。

 ところで、「ウェブログがあるのに何故わざわざここでやるのか?」とご質問を頂きそうなので先に説明いたしますが、 理由は「たまにはHTMLで書いてみたい」からです。 「Web2.0」などと叫ばれる昨今、もはやHTMLも何もないだろうという気もいたしますが、 やはり、ウェブサイトの基礎となる言語は忘れないでおきたいのです。

 というわけで、3年連続の定点観測、「富士見ミステリー文庫の絶版調査」2007年8月版をご覧くださいませ。

 調査方法は一昨年、去年と同様に富士見書房の公式サイトで 既刊が購入可か、品切・重版未定か、あるいは公式サイトに載っていないかを調べ

 「購入可」:公式サイトで購入できるもの。
 「品切・重版未定」:公式サイトで品切・重版未定となっているもの。
 「絶版」:刊行された情報はあるが、公式サイトの既刊リストにないもの。

と分類しました。

 これを月別に集計にしたものが次のグラフです。比較しやすいように 一昨年(2005年8月)、昨年(2006年8月)のグラフと並べました。 (スペースの都合上、月(横軸)の目盛りは2ヶ月ごとになっていますが、グラフそのものは毎月のデータを表示しています。)


富士見ミステリー文庫の購入可/絶版状態(2005年8月)
 

富士見ミステリー文庫の購入可/絶版状態(2006年8月)
 

富士見ミステリー文庫の購入可/絶版状態(2007年8月現在)

 この1年間の新刊は32点で、それ以前に3年ほど続いた年間40〜50点のペースの約2/3に減少しました。 この減少傾向は2007年に入ってから明確になっていますが、 年末の刊行点数の一時的な増加(富士見ミステリー文庫はこの時期に恒例のフェアがあります) によって不明瞭になっているだけで2006年秋から始まっていたのかも知れません。

 赤の「絶版」は一昨年から変化していません。 ただしこれは絶版になっても公式サイトから削除されていないだけであると考えられます。
 また一度「品切・重版未定」になった作品が「購入可」に復活する例が確認できないため、 「品切・重版未定」が事実上の「絶版」である可能性が高くなってきました。

 その黄色の「品切・重版未定」ですが、今年はなんと71点も増えました。 これは新刊の倍以上の点数であり、大ナタが振るわれたことが分かります。 新刊発売から「品切・重版未定」が出始める期間が短くなるとともに、 特に2003年末のリニューアル前において緑の「購入可」をほとんど駆逐してしまいました。 一昨年→昨年の変化を見たときには「発売から3〜4年耐えればあとは安泰なのかな」と考えていたのですが、まったく甘い予測でありました。 具体的には南房秀久さんの「ハード・デイズ・ナイツ」、あざの耕平さんの「Dクラッカーズ」、新井輝さんの「DEAR」、太田忠司さんの「レンテン・ローズ」 がばっさり切られています(ただし「Dクラッカーズ」は富士見ファンタジア文庫から新装版が出ています)。

 こうして見てみると、新刊刊行点数を抑え、「購入可」→「品切・重版未定」の移行を積極的に行ったこの1年間は、 2003年末のリニューアルのような明確な告知はなかったものの、レーベルとして整理の年であったと言えるのではないでしょうか。

 次に刊行から何年経っているかで区切って、「品切・重版未定」「絶版」になっている割合を見てみましょう。 これも一昨年、昨年の調査と比較するために並べてみました。

2005年8月
刊行から 4年以上 3年以上
4年未満
2年以上
3年未満
1年以上
2年未満
1年未満 トータル
刊行点数 34
(100%)
42
(100%)
45
(100%)
46
(100%)
49
(100%)
216
(100%)
購入可 8
(23%)
15
(35%)
32
(71%)
46
(100%)
49
(100%)
150
(70%)
品切・
重版未定
2
(6%)
7
(17%)
9
(20%)
0
(0%)
0
(0%)
18
(8%)
絶版 24
(71%)
20
(48%)
4
(9%)
0
(0%)
0
(0%)
48
(22%)
2006年8月
刊行から 5年以上 4年以上
5年未満
3年以上
4年未満
2年以上
3年未満
1年以上
2年未満
1年未満 トータル
刊行点数 34
(100%)
42
(100%)
45
(100%)
46
(100%)
49
(100%)
49
(100%)
265
(100%)
購入可 6
(18%)
9
(21%)
23
(51%)
31
(67%)
48
(98%)
49
(100%)
166
(63%)
品切・
重版未定
4
(12%)
13
(31%)
18
(40%)
15
(33%)
1
(2%)
0
(0%)
51
(19%)
絶版 24
(71%)
20
(48%)
4
(9%)
0
(0%)
0
(0%)
0
(0%)
48
(18%)
2007年8月現在
刊行から 6年以上 5年以上
6年未満
4年以上
5年未満
3年以上
4年未満
2年以上
3年未満
1年以上
2年未満
1年未満 トータル
刊行点数 34
(100%)
42
(100%)
45
(100%)
46
(100%)
49
(100%)
49
(100%)
32
(100%)
297
(100%)
購入可 1
(3%)
0
(0%)
4
(9%)
17
(37%)
31
(63%)
42
(86%)
32
(100%)
127
(43%)
品切・
重版未定
9
(26%)
22
(52%)
37
(82%)
29
(63%)
18
(37%)
7
(14%)
0
(0%)
122
(41%)
絶版 24
(71%)
20
(48%)
4
(9%)
0
(0%)
0
(0%)
0
(0%)
0
(0%)
48
(16%)

 トータルでの「購入可」の割合は去年の63%から43%へと急落しました。 創刊から7年のレーベルで、既に半数以上の本が新品で入手できないというのはなんとも厳しい現実です。
「購入可」→「品切・重版未定」の移行は、一昨年、昨年の調査では刊行から2年後に現れ始めていたのですが、 今年の調査ではその期間が1年半と短くなっています。 これが大ナタが振るわれた今年限りの現象なのか、来年以降も続いていくのかは、調査を続けない限り分かりそうもありません。

「購入可」が急速に淘汰されるのは刊行から5年未満までで、これは3年間変化していません。 言い換えますと、富士見ミステリー文庫でごく限られた人気シリーズ以外を新品を入手するには、 刊行から5年未満でないとほぼ不可能だということです。

 ちなみに刊行から6年以上でただ1作「購入可」に残っているのは秋田禎信さんの「閉鎖のシステム」。

閉鎖のシステム
表紙画像のリンク先はbk1です。
 個人的には、あくの強い秋田作品のなかでもとりわけ意味不明な一品であり、 初期ミステリー文庫迷走の最たるものだと思うのですが、なんとこれが生き残っています。 人生とは分からないものです。(しみじみ)

 刊行から4年以上で「購入可」のものには師走トオルさんの「タクティカル・ジャッジメント」と上遠野浩平さんの「しずるさん」、 3年以上では新井輝さんの「ROOM NO.1301」、桜庭一樹さんの「GOSICK」などがあります。 これらのシリーズがそのまま現在の富士見ミステリー文庫の主力であると言ってよいでしょう。

タクティカル・ジャッジメント 逆転のトリック・スター! しずるさんと偏屈な死者たち Room No.1301 おとなりさんはアーティスティック!? GOSICK−ゴシック−
表紙画像のリンク先はbk1です。

 以下、メモと雑感です。

[富士見書房の戦略転換との関わり]
 富士見ミステリー文庫を刊行している富士見書房は現在、 単行本レーベル「Style-F」の創刊、 ドラゴンマガジン誌上の読者投票企画「龍皇杯」の休止、 原作イラストレーターによるコミック化の促進、 「ファンタジアバトルロイヤル」誌の休刊、そして来年の「ドラゴンマガジン」誌のリニューアルと、 戦略の見直しを行っている最中です。 富士見ミステリー文庫の新規刊行点数削減と既刊の大幅な「品切・重版未定」への移行も、 これらの戦略転換と合わせて考えてみる必要があるでしょう。
 その戦略転換が吉と出るか凶と出るかは分かりませんが、 来年も同じ調査をした場合、今年とはまた違った傾向が見られるかも知れません。

[シリーズものの扱われ方]
 去年→今年では、シリーズまるごと「品切・重版未定」になったものが多数見受けられました。 典型的な例が「ハード・デイズ・ナイツ」「Dクラッカーズ」で、シリーズ序盤だけでなく、 比較的最近刊行されたシリーズ終盤の巻もまとめて「品切・重版未定」になっています。 どうやらシリーズものの「品切・重版未定」への移行は各巻ごとではなく、シリーズ一括で行われることが多いようです。
 逆に言うと1巻が「購入可」のシリーズは全巻「購入可」であると考えて構わないでしょう。 上記の「タクティカル・ジャッジメント」「しずるさん」「ROOM NO.1301」「GOSICK」は今のところすべてそうです。

[実験レーベルの側面とヒット作の不在と]
 今回調査していて少々ショックだったのが、刊行から5年以上6年未満で「購入可」が全滅していたことでした。 全滅の理由は簡単に言ってしまうと富士見ミステリー文庫に100万部規模のヒットシリーズがないことでしょう (「タクティカル・ジャッジメント」と「GOSICK」は今後100万部まで行く可能性がありますが)。 コバルト文庫や電撃文庫、富士見ファンタジア文庫のように累計100万部を超えるヒットシリーズを幾つも抱えていると、 それぞれのヒットシリーズが何年も継続し、しかも完結しても版が重ねられるので、 5〜6年で「購入可」が全滅するようなことはまず起きないはずです。
 ただその一方で、富士見ミステリー文庫は元々ヒットシリーズが出にくい条件に置かれているレーベルであるとも考えられます。 公式なコメントがあるかどうかは分かりませんが、富士見ミステリー文庫はファンタジア文庫の実験台の役割を果たしていると言われています。 ミステリー文庫は実験的、ファンタジア文庫は保守的な編集方針であり、ハイリスクなことをミステリー文庫で試して、 上手くいけばファンタジア文庫に反映している、という説です。 もしこれが本当であれば、富士見ミステリー文庫はファンタジア文庫ほどヒットを期待されておらず、 結果的に短期に「品切・重版未定」へ移行してしまう作品が多くなってしまう性質を持っている、とも考えられるのです。

[制作=消費形態について]
 ありきたりな感想ですが、今回の作業をしていて強く感じたのは「ライトノベルはシビアな業界だ」ということです。
 富士見ミステリー文庫に限って見れば、5年以上前の作品になっただけで新品で入手すること自体が困難です。 となると、必然的に読まれる作品は新刊かここ4〜5年以内の人気シリーズに限られることになります。 作る側もとにかく新刊を出して、その中からリアルタイムで新たな人気シリーズを育てていかなければなりません。
「ライトノベルは『今』を書く小説である」とするならば、その制作=消費形態は間違っていないでしょう。 人気のない作品が淘汰されるのも市場原理的には健全ではあります。
 ただ、絶版になるサイクルがどんどん早くなり、しかもヒットが出せないと、 ひたすら新刊を出しては絶版を繰り返す状態に陥ってしまいそうです。そうなるとほとんど自転車操業です。 富士見ミステリー文庫の場合、大手の角川資本ですし、 同じ富士見書房のファンタジア文庫のヒットシリーズに稼いでもらっていれば大丈夫なのかも知れませんが (いや、内部でどういう採算制度になっているかは存じませんが)、 中小出版社のヒットシリーズがないレーベルは結構そうした自転車操業に陥る危険性を孕んでいるのではないでしょうか。
 余計なお世話ですか、そうですか。(汗)

 それでは今回はこのあたりで失礼いたします。次回がありましたら、また読んで頂ければ幸いです。

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